「GAFA vs トヨタ」? バーチャルとリアルの戦いの実相
さて豊田社長の発言に戻ろう。三つ目は「保有の力」だ。現在トヨタ製のクルマは全世界で1億台走り回っており、それは80年以上、顧客に向き合うことで築き上げてきた信頼がベースなのだと言う。 けれども筆者はそこにもっと多くの可能性を見る。トヨタはすでにクラウンやカローラなどにコネクティッド機能を搭載し、走行中、フロントカメラで常時、街と道をモニタリングし続けている。アクセルやブレーキ、ワイパースイッチなどあらゆる操作情報とあわせて、その走行情報は、リアルタイムにクラウドに送信され、待ち受けるAIが分析する。 10年後には「世界の路上を走るセンサー」は1億台に近づくはずだ。1億台の保有の力が映し出す街のリアルタイムな情報は、あらゆるビジネスにとんでもないビジネスチャンスを生み出すだろう。 例を挙げればキリがないが、ワイパースイッチがオンになっている地域をマップに描けば、降雨のリアルタイム情報が得られる。降雨のデータはコンビニや飲食店の仕入れ情報に重宝されるだろう。 あるいは路上でタクシーを拾おうとしている人が、実車(客が乗っている)のタクシーに手を挙げたとしよう。近づいてきたタクシーを見ると「何だ、客が乗っているのか」と落胆するのだが、その情報が即時に近隣を走行中の空車のタクシーに共有されるとしたら、どうなるだろう。 もっと端的に言えば、すでに中国で実現されているように、これらのカメラを使って指名手配犯を発見・通報することだって技術的にはできる。もちろん技術的に可能なことと、やっていいことの間には解決すべき問題は山積している。プライバシーや人権への配慮レベルを中国に合わせるわけにはいかないだろう。
カギを握る「ラストワンマイル」
リアルタイムな情報をどう分析して何を得るか、それはまだ研究途上だが、トヨタはすでにビッグデータの分析を行う会社に投資を始めている。 これからの時代、バーチャルサイドなしでビジネスは立ち行かない。しかし同時に、リアルも大事だ。そしてそのリアルは簡単には手に入らない。長い時間とコストをかけて構築するしかない。トヨタの本当のアセット(経済資源、強み)は、バーチャルの時代に対応できるリアルの力なのだと思う。 特に昨今、ニューエコノミーとオールドエコノミーの対決構図をして「新旧の交代」という安易な解釈を頻繁に見かける。自動車産業は明らかにオールドエコノミーの側であり、敗退・退場して行く側だと思われている。しかし、筆者から見ると、本当に勝敗を分けるのはラストワンマイルだと思うのだ。 あれだけ飛ぶ鳥を落とす勢いのアマゾンのネックはどこにあるかと言えば、宅配の疲弊なのはすでにご存知の通りだ。業者の質の問題もあれば、ユーザー側の問題もある。どんなに緻密なロジスティックを組んでも、最後のワンマイルで届かない。当たり前だが、届かなければ利益は出ない。 カーシェアだって、結局はコインパーキングで最大シェアをもつパーク24グループのタイムズ・カーシェアが、そのラストワンマイルの地の利を活かして、国内シェアのトップを握っている。 裏返せば、ニューエコノミー組の最大の弱みはラストワンマイルだし、オールドエコノミー組の砦はラストワンマイルにある。 新たな街づくりには、IoTを中心としたバーチャルな技術は欠かせない。しかし同時にそこはリアルな土地であり、人の権利や生活が渦巻く社会の一隅である。そこにリアルに食い込んでいるトヨタのラストワンマイルは大きな意味を持つだろうし、そのリアルを活かせなければ、コネクティッドシティ構想は上手く行かない気がするのである。 ---------------------------------------- ■池田直渡(いけだ・なおと) 1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。自動車専門誌、カー・マガジン、オートメンテナンス、オートカー・ジャパンなどを担当。2006年に退社後、ビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。現在は編集プロダクション「グラニテ」を設立し、自動車メーカーの戦略やマーケット構造の他、メカニズムや技術史についての記事を執筆。著書に『スピリット・オブ・ロードスター 広島で生まれたライトウェイトスポーツ』(プレジデント社)がある