<地域の足としての自動運転バス>運営を阻む3つのハードル、”背伸び”でなく現実解を
大雨や積雪など、気象条件に左右されることもあるが、平常時に利用する自動運転バスとしてはすでに実用化レベルに達しており、安全性を確保しながら、乗り心地をいかに追求するかというところまできていることを試乗によって体感した。 同市では人口減少や高齢化に伴う交通課題の解決を目指し、2020年度から自動運転の実証を開始、23年からは一般公道でのレベル4(図参照)の試験走行を行っており、10月31日には道路運送車両法に基づく認可も得ている。 同市の自動運転事業を牽引してきた塩尻市先端産業振興室室長の太田幸一氏は「以前から市営バスは赤字が続き、市と国の補塡で賄っている状態だった。利用者の減少とともに、乗務員の高齢化や担い手不足も顕在化し、職員の中にも漠然とした危機感があった」と当時を振り返る。「ただ、事業者などに丸投げをしてサービスを買って取り入れるだけでは本質的な解決にはならないことも分かっていた。そのため、バックキャスティングによる事業構想を自ら描き、庁内で共有することから始めた。その上で我々の構想に共感し、〝投資〟をしてくれる民間企業を募り、対等なアライアンスを組めたことが現在も事業を継続できている要因だ」と続ける。 同市での継続性をさらに高めている組織がある。地域のデジタル人材を育成、活用している「KADO」だ。ひとり親や子育て中の女性など、時間や場所に制約があっても自由に働きたいという人たちの就労支援から始まり、今では自動運転に欠かせない3次元地図データを内製できるまでになった。他にも自治体や企業から様々なデジタル関連業務を受託しており、同市のDX推進の一翼を担っている。
自動運転バス導入の三つのハードル
だが、全ての自治体が塩尻市のように推進力や持続性を持っているわけではない。政府は「デジタル田園都市国家構想総合戦略」において25年までに50カ所、27年までに100カ所での自動運転移動サービスの実現を目指しているが、業界関係者は「国はレベル4での社会実装を目指している。現状ではレベル2に留まる自治体も多い中、相当に背伸びしていると感じる」と指摘する。 実際、滋賀県大津市では路線バスの廃止に伴って、21年よりレベル2での実証を行っていたが、今年4月、終了を発表した。大津市地域交通課の担当者はその理由について、「レベル2での知見は十分に得られたと判断した。今後、レベルを上げての実証を行うかは、交通事業者側次第だ」と話す。 同市での運用を担っていた京阪バスの担当者は、「現在は大阪万博に向けたプロジェクトに注力しており、大津市でのさらなる実証は現時点では予定していない」とした上で、「実証を始めた当初は『自動運転』と聞いて、完全無人の〝バラ色〟の夢を思い描いていた。実際にやってみると課題も多く、想定より大変だった」と本音を漏らした。 政府の自動運転バスに対する期待の一方で、自治体が導入し、運営をするには、三つのハードルがある。 一つ目は「コスト」だ。そもそも、公共交通の性質として、運賃収入で採算をとることは、ほぼ不可能である。そのため技術が確立されても、導入・運営コストが高ければ普及の妨げになる。 自動運転では多くの電力を使うため車両はEVが望ましいが、日本製でバスタイプのEV車両は生産量が少なく高価で改造の自由度も低い。そのため実証では比較的安価で自由な中国やフランスなどの海外製モビリティーが多く採用されている。 塩尻市で使われているティアフォー製のEVバスも、もとは中国車大手の比亜迪(BYD)の車両を改造したもので、センサーも多くは中国製だ。前出の竹内氏は「自治体の予算や国からの補助金は限られているため、安価なもので賄う必要がある」と実情を話す。 また、MM総研研究副主任の朝倉瑞樹氏は「平等主義が強い日本では国からの補助金も、広く薄く配分されてしまう。『自動運転特区』を設けて集中的に資金投入するのも一手だろう。また、『交通』分野だけで収支を考えるのではなく、移動の『目的』となっている買い物や観光など、別の領域から資金を集められる仕組みをつくれなければ維持していくことは難しい」と指摘する。 二つ目は人材である。行政視察の受け入れを担当しているある関係者は「自動運転のレベルの違いすら、理解していないことも少なくない」と実態を話す。自動運転は所管する省庁も国土交通省(自動車・道路インフラ)をはじめ、経産省(技術開発と産業振興)、総務省(通信インフラ)、警察庁(交通ルール)、デジタル庁(データ利活用)など多岐にわたり、補助金のメニューも省庁ごとの目的に応じた使途で設けられている。人事異動がつきものの自治体職員が、こうした複雑な仕組みや制度を理解し、資金調達をしながら将来の大きな画を描くことは容易ではない。 また、自動運転のシステム提供・運用面で兵庫県三田市や埼玉県和光市などの自治体の実証実験を支援している先進モビリティ(東京都目黒区)社長の瀬川雅也氏は「トップダウンで実証を進めようとしていた自治体が、首長の交代でトーンダウンすることもある。職員のリテラシーが高く、ボトムアップで進められる方が継続性は高い」と分析する。 交通事業者として、新潟県佐渡市など各地の実証実験に参画するWILLER(大阪市)代表の村瀨茂高氏は、自治体職員以外の人材育成の重要性も指摘し、「地域交通の課題は路線バスをどうするかという問題に留まらなくなっている。交通をまちづくりの一環と捉え、自治体をフォローできるような新たな人材が必要な段階になっている」と話す。