「タンタンが嫌がることは、絶対しない」…パンダのタンタンと飼育員さんたちの、知られざる絆
「よっしゃ! 飲んだぞ!」
ビチャビチャビチャ 音を立て、ジュースをすすり始めた! 薬が入っていることにはまるで気づかないのか、一心不乱に飲んでいる。平たいバットいっぱいに入っていたジュースはどんどん少なくなり、それに合わせ吉田はタンタンが飲みやすいよう、バットを傾けていく。 気が付けばタンタンは、薬入りのジュースを最後の一滴まで飲み干した。 思わずこぶしをにぎると、吉田は小さくガッツポーズを作った。 「よっしゃ! 飲んだぞ!」 喜びの声をあげる吉田を、タンタンはあくびをしながら眺めていた。 吉田憲一が王子動物園で働くようになったきっかけは、ほかの飼育員とは少し異なっている。神戸市内で生まれ、小さいころは野球とサッカーに打ち込んでいて、特別、動物が好きなわけではなかった。代わりに興味を持ったのが植物だった。 おじいさんが植物の種などを販売する苗屋さんだったことから、家の庭にはたくさんの花や木が植えられており、自然と植物が好きになっていた。神戸市役所に勤めたきっかけも、植物の世話がしたかったから。公園の花の手入れや、樹木の剪定をする造園手として就職した。六甲山の登山道に生える樹木や、梅林の管理を担当し、自分が手をかけたぶんだけ生長する植物を見ていると大きなやりがいを感じた。 ずっと植物を相手にする仕事を続けていくことも考えたが、同じように自分が手をかけることで動物が成長する飼育員の仕事にも興味がわき、王子動物園にやってきた。 そんな異例の経歴を経て飼育員になった吉田は、ゾウを皮切りにペンギン、アリクイ、アシカ、マヌルネコ、ヤマアラシ、コモンリスザルなどを経験したのち、2009年から梅元と一緒にタンタンを担当することになった。
常に考えているのは、タンタンが食べる竹のこと
タンタンの飼育をまかされることが決まったとき、吉田は特別気負うことはせず、ほかの動物たちと同じように接しようと決めていた。ところが実際に担当すると、すぐに難しさを痛感した。エサの好みが激しく、与えた竹をまったく食べてくれないことすらある。 途方に暮れた吉田に、ある考えがひらめいた。タンタンが好きな竹を植えればいいんじゃないか? 自分には造園手として長年、植物を栽培してきた経験がある。その技術を生かせば、タンタンが食べたい竹をいつでも与えることができる。それから吉田は、どこへ行ってもその土地の竹を気にするようにし、珍しい竹を動物園内の茂みで育て始めた。 いかなるときも、吉田の頭にあるのはタンタンが食べる竹のこと。 そんな吉田にはひとつの信念がある。 ─タンタンが食べるものに関しては、絶対に自分がなんとかしてみせる。