「タンタンが嫌がることは、絶対しない」…パンダのタンタンと飼育員さんたちの、知られざる絆
サトウキビに薬を忍ばせる
「昔、タンタンが竹を食べなくなったときに与えてみたら食べたのを思い出して。試してみる価値があるんじゃないかと」 ゾウの飼育員にサトウキビの目的を説明すると、吉田は特殊な切断器を使って長いサトウキビの茎を2cmほどの長さにカットした。竹のようにかたい皮の内側には、やわらかい繊維がつまっていて、ここに砂糖の原料にもなる甘い汁が満ちている。サトウキビの甘さなら、ひょっとすると薬のにおいと苦みを隠してくれるかもしれない。これこそ、吉田がたどり着いた作戦だった。 「タンタン、おいで」 カットしたサトウキビに薬を忍ばせて、タンタンに与えてみることにした。柵の隙間からコンクリートの床に置くとタンタンが興味を持って近づいてきた。 手に取ってにおいをかぐ。 クンクン クンクン 吉田と梅元は少し離れた場所から息をひそめて見守っている。緊張の一瞬。 フー。ため息をつくように息を吐くと、タンタンはサトウキビを床に置き、立ち去っていった。梅元はすぐにサトウキビを拾い上げると、においをかいでみる。 「うーん。なんでわかるんだろうね? すごいな」 人間の嗅覚ではわからないなにかを、タンタンは感じとっているに違いない。それでも吉田は、あきらめなかった。菅野獣医師と相談した後、控え室にあるパソコンに向かうと、インターネットでなにかを検索し始めた。画面に映し出されたのはサトウキビに関する無数の商品。マウスで画面をスクロールしながら商品をひとつひとつ確認していた吉田の目が、あるものに留まった。 サトウキビジュース。 人が飲むサトウキビジュースに細かく砕いた薬を溶かせば、タンタンでも気が付かないんじゃないか?
タンタンが嫌がることは絶対しない
数日後。注文したサトウキビジュースがパンダ舎に届くと、最初はそのまま飲ませることに。梅元や吉田、獣医師たちは初めて与えるものはまず試すよう徹底している。梅元が与えたイチゴもふかし芋もそう。タンタンが嫌がることは絶対にしない。 ゴクゴクゴク 薬の入っていないサトウキビジュースを、タンタンはおいしそうに飲み干した。数日間、与えて慣れさせた後、吉田は満を持して準備に取りかかった。乳鉢に薬の錠剤を入れ、すりつぶす。 ゴリゴリ ゴリゴリ 薬を細かくしながら、吉田は祈るような気持ちでいた。これがダメならまたふりだしに戻ってしまう。乳棒をにぎる手に、知らず知らずのうちに力が入る。薬を十分細かくするとステンレスのバットに移し替え、サトウキビジュースを注ぐ。見た目には薬が入っているようには思えない。においをかいでも、人間の鼻ではおかしなところは感じられない。いよいよ準備が整った。バットを手に取ると吉田はゆっくりとタンタンが待つ寝室へと近づいていく。 「タンタン、ちょっとええか?」 横になってあくびをしているタンタンに優しく声をかけると、吉田は柵の下側にある隙間からバットを差し入れた。なみなみと注がれた透明な液体に興味を持ったのか、すくっと立ち上がると近づいてきた。しばらくにおいをかいだり眺めたりしていたが、次の瞬間!