「死に至らない」から、後の世代に残る…この地球上の生命の遺伝子に残る「突然変異の痕跡」から「進化の謎」が明らかになる「驚愕のしくみ」
中立的な突然変異
分子時計になりうる要素を、もう少し掘り下げて見てみよう。 突然変異は、基本的にはランダムに起こるから、どのような遺伝子であっても、DNAの上には等しく突然変異が生じるはずである。同様に、遺伝子内部の塩基配列においても、等しく突然変異が生じるはずである。 そうした突然変異のなかには、その変異が生じたら遺伝子が機能しなくなってタンパク質などがつくられなくなったり、異常なタンパク質などがつくられるようになったりして、その結果、その生物が死にいたるようなものも含まれる。 個体に死をもたらすような突然変異は、後続の世代の生物には残らない。したがって、のちに“痕跡”として残るような突然変異というのは、それが起こっても遺伝子の機能に影響が及ばないような突然変異ということになる。そのような突然変異を「中立的な突然変異」という。 中立的な突然変異は後世に残るし、生物全体で見れば時間とともに徐々に蓄積していくように見えるから、のちになってすべての生物やウイルスを比較し、系統関係を明らかにする際に有用なものになっていく。それが、分子時計である。 中立的な突然変異のうち最も有名なのが、もともとアミノ酸をコードする塩基配列の一部の塩基が別の塩基に置換しても、つくられるアミノ酸に変化をもたらさないというものだ。 図「遺伝暗号の一覧(遺伝暗号表)」を見れば、どういう塩基置換がアミノ酸に変化をもたらさないかは一目瞭然である。つまり、同じアミノ酸を指定するコドンが複数ある(コドンの「縮重」という)例がいくつもあり、たいていは3つ並んだ塩基のうち3番めの塩基が、A、U、C、Gのどれでもよいというパターンである。たとえば「UCC」のセリンの場合、そのコドンは「UCA」であっても「UCG」であってもよいのである。
中立進化説
中立的な突然変異は、じつは生物の進化に重要な役割を果たす。 アミノ酸の変化をもたらさないのであれば、その変化は生存にとって有利にも不利にもならないが、その突然変異が偶然、ある生物集団には広まるが、別の生物集団では広まらない、などということが起こることがある。そうした変化が積もり積もって種内進化が起こったり、一塩基多型(スニップ)ができたりすると、それも進化を促すことになる。 この学説を「中立進化説」といい、わが国が誇る遺伝学者・木村資生博士(1924~1994年)によって提唱されたものである。 この学説は、現在ではチャールズ・ダーウィン(1809~1882年)の「自然選択説」と並び、生物進化の基本学説となっている。 * * * * * DNAとはなんだろう 「ほぼ正確」に遺伝情報をコピーする巧妙なからくり 果たしてほんとうに〈生物の設計図〉か? DNAの見方が変わる、極上の生命科学ミステリー! 世代をつなぐための最重要物質でありながら、細胞の内外でダイナミックなふるまいを見せるDNA。果たして、生命にとってDNAとはなんなのか?
武村 政春(東京理科大学教授・巨大ウイルス学・分子生物学)
【関連記事】
- 【続き】地球は環境の激変がいつでも起こりうる…この地球に生を受けた生物は、「変わらざるをえない」宿命を負っている、じつに深いわけ
- 【突然変異がグループの特徴になるまで】日本人だから…祖先の「酒に弱い」という突然変異が「日本人全体」に広まった、細胞核の中の「驚愕の生命ドラマ」
- この地球に生を受けた以上、切っても切れない関係にある…じつは、DNA複製のエラーが「欠かせないもの」である理由
- 【DNAポリメラーゼの仕事っぷり】なんと、1秒間に数千対のペアをマッチングさせる…DNAポリメラーゼの「衝撃的な常識」
- じつは「突然、異形の生物が生まれる」ことではない…誰にでも起こっている「突然変異」という現象の「衝撃の実像」