「死に至らない」から、後の世代に残る…この地球上の生命の遺伝子に残る「突然変異の痕跡」から「進化の謎」が明らかになる「驚愕のしくみ」
すべての生物の「共通祖先」
僕たち人間を含むすべての生物は、「ルカ(last universal common ancestor:LUCA)」とよばれる、ある共通祖先から進化したと考えられている。ルカが存在するということは、現在の生物がもっているすべてのDNAにもまた、共通祖先がいるということである。 その共通祖先のDNAからスタートして、徐々にさまざまな突然変異が起こり、それぞれの生物の系統で異なる突然変異が蓄積し、やがてその母体である生物も、DNAの突然変異のプロファイルを基軸としたその形質が、そのときどきの環境に適応した(有利だった)ものが生き残るという形で変化し、さまざまに異なる種へと進化してきた。 生物の進化の根底には、まずそのDNA、すなわち「分子の進化」があった。これが「分子進化」である(図「LUCAと分子 進化」)。 遺伝子の本体としてのDNAがA、G、C、Tの4つの塩基のランダム(に見える)配列であり、それを複製するDNAポリメラーゼがときどきエラーを起こせば、DNA、すなわち遺伝子の塩基配列は変化する。分子進化は必然的に起こるもので、避けようがない。 前々回の記事で紹介したアセトアルデヒド脱水素酵素(ALDH2)のスニップも分子進化の一つであり、CAGリピートの伸長もまた然りである。 しかし、これらの例は、分子進化としてはわかりにくい例だろう。なぜなら、ALDH2遺伝子やハンチンチン遺伝子などは、すべての生物が共通してもつ遺伝子ではないからである。これらの遺伝子をもたない生物も、もちろん存在する。つまり、生物全体の進化を紐解くための、理想的な分子進化の例ではないのである。 ならば、理想的な分子進化の例とはなんだろうか。
生物の進化を表す「分子時計」
この場合の〈理想的な〉とは、「分子進化を人間が理解するのにふさわしく、典型的なもの」という意味である。それは、生物の進化をそのまま「突然変異の痕跡」として残してきたようなDNAの変化で、わかりやすくいうと、生物が進化する時間とともに正確に、同じリズムを刻むように突然変異を起こしてきたDNAであるといえる。 それでいて、そのDNAはすべての生物が共通してもち、すべての生物でその役割が同じであるような、きわめて重要な「遺伝子」でなければならない。 このような、突然変異の痕跡が生物の進化をそのまま表しているような遺伝子を「分子時計」という。いってみれば、分子時計という〈称号〉は、すべての生物で共通のはたらきをもち、しかも、生存に必須な遺伝子に対して与えられる〈勲章〉のようなものかもしれない。 分子時計として最も有名なのは、原核生物でいえば「16SリボソームRNA」遺伝子であり、真核生物でいえばミトコンドリアがもっている「シトクロムb」遺伝子や、これまでも紹介してきた「DNAポリメラーゼ」遺伝子などである。 「系統」と「進化」というのは通常、異なる概念であるはずだが、これらの遺伝子の分子進化を表現した系統樹は、ほぼそのまま、生物の系統関係と進化の足跡を表している。だからこそ、これらの遺伝子は、進化の道筋がそのまま系統を表すように、チクタクと時を刻んできた「分子時計」であるといわれるのである。
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