スズメもネコジャラシも大陸からやってきた 外来か在来種かはどう決める?
実際に、長年在来種と思われていたクサガメが外来種の可能性があることが判明してから、このカメの扱いについては、研究者の間でも混乱が生じています。特に、正真正銘の日本在来種とされるイシガメと交雑して雑種が生じていることから、放置すればイシガメの遺伝的固有性が失われるリスクが高い、ということで、クサガメも外来種として排除すべき、とする意見もあれば、すでに日本の生態系に馴染んでおり、排除することの方が悪影響となるとする意見もあります。いずれにせよ、導入年代が明治より前ということで、環境省もクサガメについては、何ら法的な対策はとらない(とれない)状態にあります。 クサガメよりも古い外来種であるスズメやモンシロチョウ、里山の草花については、もはや多くの日本人にとっては普通に日本の風景に溶け込んだ生物であり、これらの種を外来種だから防除しよう、と言う人はまずいません。それどころか、スズメは、茅葺き屋根の家屋が減ったことで、その数が著しく減っており、国内からスズメがいなくなってしまうのではないかと危ぶむ声すらあります。
なぜ、今、法律まで作って外来種を防除する必要があるのか
どんな外来種も時間が経てば、「在来種」としての「国籍」を得ることができるとすれば、現在問題となっている外来種たちもいずれは日本の生態系に組み込まれて、在来種と化してしまうのでしょうか? だとすれば、なぜ、今、法律まで作って外来種を防除する必要があるのでしょうか? アライグマやセアカゴケグモなど、人間の農業や健康に直接悪影響を及ぼす有害生物を防除するという目的は、多くの人にとって理解することは難しくありませんが、外来の草花を利用して分布を拡大した北海道のセイヨウオオマルハナバチのように、あくまでも在来のマルハナバチを守る、という生物多様性保全の観点から防除される外来種については、その「有害性」をすんなり理解できる人は必ずしも多くないかもしれません。 放っておけば、この外来マルハナバチが今度は日本の草花の花粉媒介者として機能するようになり、日本の生態系に馴染んでしまうのではないのか。そういう意見もあって然るべきです。 特に北海道の天然林や原生花園は、人々が入植して以降、開拓によってその面積は大きく減少し、ほとんどの平野部が農耕地や牧草地に転換されています。そして、この切り開かれた大地に植えられたのがシロツメクサやアカツメクサなどの外来牧草であり、それらの外来植物の花を利用して在来のマルハナバチたちも、本州以南では見られないほど高密度に飛び回り、栄えてきました。この改変された生態系に外来のマルハナバチが加わったとして何の問題があるのか、という疑問も湧きます。 結局、守るべき日本の「自然の姿」とは何か、という外来種防除の究極目標が、今の日本では、はっきりと定まっているとは言いがたく、いま、環境省が中心となって進めている外来種対策に対する国民的な合意形成を困難なものにしていると言えるでしょう。自分自身、外来種を研究する身として、所詮は自分の好きな生き物を守りたいだけの学者のエゴだろう、と側から思われても仕方がないと感じることがあります。 ただ、かつての外来種と現代の外来種の大きな違いは、その移動(移送)の速度と量だといえます。古い時代は人間が生物を運ぶ速度や距離にも限界がありました。また移送された先でも、豊かな自然生態が存在するかぎり、外来種も容易には先人たち(在来種)の生態ニッチェを奪うことはできなかったと思われます。 しかし、1600年代の産業革命以降、人間は、かつて生物が手にしたことのない強大な力を手に入れ、高速移送・長距離移送の時代に突入しました。今や、大陸間の移動はわずか1日もかからずに可能となり、寿命が短い生物でも簡単に海を渡ることができるようになりました。 その結果、外来種の移送量と分布拡大速度も急速に上昇し、加えて、経済発展に伴う自然環境の破壊・改変・汚染が撹乱環境を拡大させ、在来種の衰退と外来種の定着という生態系のシフトをさらに加速させました。 日本も開国以降、急速な経済発展を遂げる中、私たちの身近な自然は大きく改変され、在来の生物たちが住みにくく、逆に外来種が住みやすい環境が広がっています。 このかつてない速度での自然環境の改変そして外来種の分布拡大の果てにはどのような生態系が待ち構えているのかは、容易には予測できません。なぜなら、我々は未だこの地球上に生息する生物種数すら把握できておらず、生態系や生物多様性のメカニズムや機能については、我々が得ている知識はまだほんのわずかで、ほとんど無知に近い状態にあるからです。 結局、何が起こるかわからないという予測不能性こそが大きなリスクと捉えて、我々の生物多様性に対する理解が少しでも進むまでは、現状維持を図ることが最善策と考えれば、やはり、これ以上、外来種が増えることは可能なかぎり抑制するべきだと結論されるのではないでしょうか。 【連載】終わりなき外来種の侵入との闘い(国立研究開発法人国立環境研究所・侵入生物研究チーム 五箇公一)