蛯名正義・調教師が解説「馬のスピードは持って生まれたもの」高める調教はないが距離を持たせるノウハウはある
1987年の騎手デビューから34年間にわたり国内外で活躍した名手・蛯名正義氏は、2022年3月から調教師として活動中だ。蛯名氏の週刊ポスト連載『エビショー厩舎』から、「スピードがある馬」についてお届けする。 【写真】フランス凱旋門賞も経験、34年間にわたり国内外で活躍した蛯名正義氏
* * * 新年あけましておめでとうございます。今年は厩舎開業4年目、おかげさまで毎年少しずつではありますが、前年を上回る成績が続いています。本音を言えば一気にアップ! といきたいところですが、一歩一歩進んでいく方がむしろ僕らしいのかもしれません。勝ちきれなくても粘り強く食い下がることで、馬自身もレースというものを覚えて成長しているのではないかと思っています。 ところがスピードだけは、持って生まれたもの、僕たち人間がなんとかできるものではないような気がします。乗り役の時に考えていたのは馬の能力をいかに引き出して走らせるか。そして邪魔しないように走らせるかということ。調教師になってからは、どうやって持っているものをいかに100%出せるようにするかに腐心する日々。能力はあるけれどいろいろ課題もある、そういう馬はちょっとずつその課題をクリアしていくのをサポートしていくという作業ですね。 スピードがあるのかどうかというのは時計を見て分かることですが、「乗り心地がいい」というのは乗り役ならしっかり感じ取ることができます。車でいうとサスペンションが滑らかだとかエンジンに余裕があるとか。やはりそういう馬は基本的にスピードを出せる要素が揃っていると言えるのかもしれません。 人間でも小学校1年生ぐらいで、誰が教えたわけでもないのに走るフォームがよくて、いつも「かけっこ」で先頭を走る子がいると思います。そういう子は、生まれながらにして「速く走る」ための運動神経を持っているのだと思います。
人間の場合は専門家のアドバイスを受ければ、トレーニングを経るなどしてさらに速くなることがありますよね。馬は速く走りたいと思わないからかどうかわからないけれど(笑)、調教を重ねることでスピードが増すということはない。 まだ騎乗調教を行なう前に、放牧地などで走っているのを見てわかるのなら、どんなにいいかと思います。牧場にいる馬は朝馬房から出されると、喜び勇んで駆け出すことが多いですが、決して全力で走っているわけではなく、自分の好きなペースで楽しんでいるだけです。1歳の夏を過ぎて馴致を行ない、人を乗せて走ってみなきゃわからない。逆に、馬体のバランスが悪い、立ち姿勢もイマイチだ、足が曲がっているなどと言われても、スピード能力の高い馬はいるのです。 また、騎乗した印象として「柔らかい」という言い方をすることがありますよね。すべての馬がそうだということではありませんが「かたい」馬は、ざっくりいえば距離が持たないことが多いというのが一般的です。スピードを高める調教はありませんが、ある程度スタミナをつけて距離を持たせるような調教のノウハウはあります。ただ距離が持つかどうかは、走り方より気質の方も関係してきますね。おとなしくて融通性があれば、調教の意図を吸収してくれるかもしれません。 【プロフィール】 蛯名正義(えびな・まさよし)/1987年の騎手デビューから34年間でJRA重賞はGI26勝を含む129勝、通算2541勝。エルコンドルパサーとナカヤマフェスタでフランス凱旋門賞2着など海外でも活躍、2010年にはアパパネで牝馬三冠も達成した。2021年2月で騎手を引退、2022年3月に52歳の新人調教師として再スタートした。この連載をベースにした小学館新書『調教師になったトップ・ジョッキー~2500勝騎手がたどりついた「競馬の真実」』が発売中。 ※週刊ポスト2025年1月17・24日号
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