MBTIの「自己分析」に「振り回される」若者たち…アイデンティティの神話と落とし穴
テロリストも「物語」を利用する
情動調節メカニズムの悪用としてもっとも際立っているのは、テロリストたちによる物語の武器化だ。 テロリズムとは、人々に恐怖の物語をばらまくことを主要な目的の一つとしている。そうすることで、人々に現状の政体への不安を煽り、社会から信頼を奪い、闘争を増やすことで、テロリストたちの様々な目的(クーデターや不和の増大、虐殺の雰囲気の醸成)を達成しようとする。 たとえば、現代的なテロリズムにおいては、日常的なものの武器化という手段がしばしば用いられる。日常的にありふれたもの(やかん、衣類、花束、コーヒー缶、本、ティッシュ箱、そして、人そのもの)に爆薬を仕込んだりするのである。 人が爆薬を身に着けているのではないか、という恐れは、街行く人を見る目を「人間」を見る目ではなく「爆薬」を見る目へと変質させていく。日常の物品および人が暴力と化すのではないか、と人々を暴力的なものへの恐怖の雰囲気へと引き込むことで、人々に対する何らかの感性的なコントロールを達成しようとする(Walsh 2024)。 たとえば、日本においては、1995年の地下鉄サリン事件は、日常的に人々が使用する「地下鉄」を標的にすることで、「地下鉄」を日常の平凡な場所から、危険な密室へと変質させることができてしまった。 そうして、恐怖に駆られた人々はテロリズムへの戦いに身を投じてしまったり、暴力を助長したりして、暴力はさらに拡大していく。今度はもしかすると、テロリズムに恐怖していたはずの人々が新たな恐怖を生み出す原因となるかもしれない。
「ファン」が「アンチ」になる仕組み
逆に、自ら情動を他人と一体化させたいという欲求は、もしそれが達成されたならば、その人にとっては幸福だろう。 推し活はその一例である。推しのアイドルや配信者の情動と自分の情動をリンクさせることで、画面の向こうの遠い存在と情動を共有すること自体が、喜びであり、癒やしであり、生活にきらめきを与えうるだろう。 アイドル研究においては、移入(transporation)と呼ばれる現象が知られており、さまざまなメディア上のペルソナに共感し、「情動移入」することで、そのペルソナとの情動的なつながりを高めていくものであることが指摘されている(Brown 2013)。 しかし、自分と他人の情動がリンクするということは、なかなかかんたんに達成できるものではない。日々暮らしている家族とでさえうまく波長を合わせられないのだから、ましてや会ったこともない、会ったとしてもごくわずかな時間交流するだけのアイドルや配信者たちとそのファンが情動をリンクさせ続けることは容易ではない。 それゆえ、一体化の願いは、ときにバッドエンドをもたらす。 アイドルとの情動のリンクが果たされなくなると、人はファンからアンチファンへと転落する。 ファンが推しとの情動的つながりをシンクロさせることで幸福を得られているのに対して、アンチファンは自らと推しとの情動的つながりが断ち切られてしまったことに気づいていて、それをどうにかして再びリンクさせようとして絶望的なもがきを続けるのだ(Mardon et al. 2023)。 「自分が愛していた推しはそんなことを言わない。そんな情動を持たない。もとの推しに戻ってほしい」という願いは呪いとなってアンチファンと推されるアイドルたちを蝕むことになる。