社会保障は金持ちから貧困層への再分配にあらず
■「支出の膨張」と「収入の途絶」という生活リスク ではなぜ、そうした保険的、時間的な所得再分配政策が必要となるのか。その理由は、われわれが生きていくうえで必ず直面する「支出の膨張」と「収入の途絶」という生活リスクには、市場社会において広範囲に使われている賃金システムでの対応は難しいからである。 人間が生きていくうえでは、どうしても、子育て期や病気のときに支出の膨張(養育費・教育費や医療費)が起こる。また、養育期だけでなく、病気になったり年をとったりしたときにも働けず、収入の途絶は起こることになる。
こうした、支出の膨張や収入の途絶には、賃金システムはうまく対応していない。いや、できないのである。日本ではかつて、賃金システムとは別枠の、企業内での福利厚生で対応しようとはしていたが、その役割を企業が撤退しはじめて久しい。 賃金システムの欠陥を補うために、消費の平準化を果たす賃金のサブシステムとしての社会保険制度が、ビスマルク時代のドイツ帝国で、年金、医療などを対象として考案された。私保険のアナロジーによって社会保険と呼ばれたが、この社会保険が果たす役割の本質は、「支出の膨張」と「収入の途絶」に対応できない賃金のサブシテムであった。
そして今、この国で、参議院を通過すれば成立することになる新たな賃金のサブシステムが、子育て期の「支出の膨張」と「収入の途絶」に対応する支援金制度である。医療、介護、年金などの高齢期向けの賃金のサブシステムと同様に、賃金と関わる労使が折半で拠出し、今支援が必要な人たちに所得を再分配する。それが、先に示した、こども家庭庁が作った図の意味するところである。 ただしこのシステムは、給付が若いときになされるために、私保険のアナロジーで例えることは難しいのは事実だ。この点、奨学金を先に受けて、卒業後に賃金比例で返済する所得連動返済型ローンを、時間的に逆向きの社会保険と呼ぶこともある。