なぜSB千賀はノーノ―偉業を達成したのか?「原点回帰とエースの責任」
エースと呼ばれる男が、大事な山場に、ここまで3連敗していた。 8月17日の西武戦で、まさかの9失点で3回KO。22日のロッテ戦でも負け、再び30日の西武戦でも7回4失点で敗戦投手。決して内容は悪くなかったが、デッドヒートを繰り広げる西武を2度止められなかった。 「チームに勝ちを持ってこれていないのも事実。そこが悔しくて、それだけを」 育成ドラフトの同期でもある“愛妻”甲斐は、絶対に負けられない、この日の朝、千賀にひとこと、lineを送った。 「ここ数試合苦しんでいた。いいピッチングをしているの苦しい表情をしていた。キャッチャーとしてなんとかしたい、責任もあった」 「おまえのために頑張る」 甲斐が言う。 「千賀のためになんとか勝ちたい。千賀のためにと朝からそう思ってきた」 その気持ちは千賀に痛いほど伝わった。 「僕も頑張ろうという気持ちになりました」 千賀の3連敗の裏には、援護点を贈れない打線不振もあった。 0-0で迎えた5回になんとかしたのも甲斐のバットだった。5回無死一塁から、松田の平凡なセンターフライをマーティンがグラブに当てて、まさかの落球。今宮が送り一死二、三塁にして、甲斐が打席に入り、工藤監督は「セーフティスクイズ、スクイズを考えた」という。だが、カウントは0-2となったため、その選択肢はなくなった。 「なんとかしてもらおうと、任せた」と工藤監督。 ボルシンガーのカーブに甲斐が食らいつく。 「なんとか1点。先制点を」 打球はセンターへ。猛ダッシュしたマーティンがスライディングキャッチを試みるが、打球は、わずかにショートバウンドしていた。6回にも再びマーティンの不可解な落球に助けられ追加点。この日の千賀には、もうそれで十分だった。 133球を投げ、12奪三振、内野ゴロ5、内野フライ4、外野フライ4、四死球3。 千賀はお立ち台で調子はどうだったか?と聞かれ「普通」と答え、では何が良かったか?と聞かれ「拓也(甲斐)のリード」と答えた。 工藤監督も絶賛した。 「いやあ凄い、立派。ここ何試合か苦しんでいた中で、この1週間、いろんな思いで過ごしたと思う。きょうに懸ける思いが高かった。私もピッチャーとして2度チャレンジしてできなかった。それを成し遂げるには精神的にも肉体的にも充実していないとできない。(甲斐)拓也もよく引っ張ってくれた」 工藤監督は、この日のピッチング内容を見て「力感もあまりなくて落ち着いて、自分を悟ったような雰囲気を感じた」という。 ソフトバンクの野球に詳しい評論家の池田親興さんは、「ストレートで押した。たとえ低めにボールがいかなくとも、腕をふること、球威だけを意識したピッチングだった。だからフォークが落ちたし、打者からすれば、二者択一でしか攻略できなくなっていた。今季はカット、ツーシームに取り組み、多彩なピッチングを心掛けていたが、今日はストレートとフォークの原点とも言えるピッチングに戻っていた。それが大記録につながったと思う」と、ノーノーが達成された理由を分析していた。 この日、西武が負ければマジックが点灯する予定だったが、遠く仙台で西武も負けなかった。依然、ゲーム差は「1」のままだ。来週、11、12日には敵地、メットライフドームで西武と直接対決の天王山がある。 中5日となるが、おそらく千賀は、その大一番に投入されるだろう。 「四球を減らしてチームに勝ちを持ってこられるようなピッチングをしたい」 優勝するチームには、こういう大記録やドラマがつきものだとも言われる。 最高の育成コンビ。 甲斐が、こう言葉を添えた。 「チームのエースです。頼もしく感じる」 ソフトバンクのV条件が整ってきた。