いまも残る加害の歴史、日本の「戦争遺跡」を見つめ直す
山田さんは「加害の歴史は被害の歴史よりも、先になくなってしまうもの」という。 「なぜなら、そもそも語りたくないから。聞くほうのあまり聞きたくない気持ちも強い。そういう記憶は全然継承されなくなり、たちどころに消滅してしまう。それが歴史の真実ならば、意図的にちゃんと記録して継承しないといけません。これはその当時の人たちがおかしかったということではないんですよ。殺人行為が正義であるとなってしまったときに、信じられないことが起きてしまう。誰にでも起こりうる、普遍的な問題です」
「松代大本営」を計画した井田正孝は宮城事件の責任を取って自決しようとした。だが陸相・阿南惟幾に止められ、戦後は大手広告代理店に入社して会社員としての人生を歩んだ。NHKの取材を受けて、松代大本営造営の目的について述べたことがある。 「本土決戦というものを全国民の意識の中にはっきりと植えつける。松代に大本営が移ることは後退ではないんです。前進なんです」 だが、「使わなくて良かったという気持ちはありますか」という鈴木健二アナウンサヘーの問い掛けにこう答えた。 「それはあります。その意味で、ポツダム宣言は神風だと思っています(後略)」(引用は「NHK歴史への招待 太平洋戦争本土決戦」から) それは8月14日まで戦争継続を叫んだ元軍人が、戦後日本の平和的発展の中で得た率直な心情かもしれない。 --- 神田憲行(かんだ・のりゆき) 1963年、大阪市生まれ。関西大学法学部卒業。師匠はジャーナリストの故・黒田清氏。昭和からフリーライターの仕事を始めて現在に至る。主な著書に『ハノイの純情、サイゴンの夢』『「謎」の進学校 麻布の教え』、最新刊は将棋の森信雄一門をテーマにした『一門』(朝日新聞出版)。