「批判ばかりする人」の頭の中では何が起きているのか?
そんなふうに軽く言える話じゃないだろうと、私は少しあきれていた。 ジョゼフが続けた。 「だが、うれしい感情をもたらす環境にいる場合もある。好きなチームが予想外に勝利したり、上司から昇進を告げられたり、妻からロマンティックなデートに誘われたり」 「もっとすごいことでもいいと思いますがね。で、話のポイントはなんですか?」 「ポイントはこういうことだ。 われわれのまわりではつねにいろいろなことが起きている。 起きている出来事に対して選択できることは多くないが、起きていることをどう解釈するか、次になにをしようと決断するかは選択できる。 いい例がある。きみに初めて『選択の地図』を見せたときのことを考えてみよう。それを見ただけで、きみが考えたこと、感じたことは、まさに『批判する人の道』へ追い込むものだったね。そのとき、なにが起こったと思っていたんだい?」 ● 自分を観察し、選択することが クエスチョン・シンキングの意義 私はあのとき頭をよぎった質問を思い出していた。 「ジョゼフは私を批判する人や敗者だと思っているのだろうか?」 「批判する人の落とし穴に落ち、泥沼にはまっている人のように思っているのだろうか?」 私はこう答えた。 「なにかに怒りを感じてしまっていました。かなり悪い考え方に陥っていましたね」 「ここで問題にしているのは、いいとか悪いとか、正しいとか間違っているとかじゃない。なにが起きたか、それに対してきみがなにをしたか、を観察しているだけなんだ。 それぞれの道の入口にあった小さな矢印を思いだしてごらん。『選択』と『反応』だ。なにかが起こった最初の瞬間に、きみは起こったことに『反応』し、ネガティブな批判する人の質問で自分自身を攻撃したんだよ」 「私は見込みのないケースなんでしょうか?」 弱々しい笑みを浮かべながら、私は訊いた。 ジョゼフはほほえみ返してくれた。 「ネガティブ・セルフクエスチョンのいい見本だよ。『批判する人の落とし穴』へ真っ逆さまだ」 「抜けだすにはどうすれば?」