目指すは「原子力開発の英アーム」!日本初のスタートアップ企業の挑戦
2011年の原発事故以来、すっかり原子力アレルギーが定着してしまった日本を尻目に、世界は新しい原子力プラントの研究開発を進めている。これに乗り遅れまいと、日本の若き原子力研究者が、スタートアップ企業を設立。そのビジネスの展望を語った。※本稿は、斉藤壮司・佐藤雅哉『核エネルギー革命2030 核融合と4種の新型原子炉がひらく脱炭素新ビジネス』(日経BP)の一部を抜粋・編集したものです。 【この記事の画像を見る】 ● 新型原子炉を開発する 日本初のスタートアップ企業 国内原子力スタートアップ企業のBlossom Energy(ブロッサム・エナジー、東京・千代田)は高温ガス炉(HTGR)の商用化に挑んでいる。 開発に取り組むのは8基の原子炉をクラスター化した発電システムだ。2022年4月に事業を始めた同社は自社の生産拠点を持たない、いわば原子力開発の「ファブレスメーカー」。2035年に国内で第1号機の運転開始を目指している。 日本原子力研究開発機構(JAEA)で研究者だった濱本真平氏が、同社最高経営責任者(CEO)を務める。濱本氏によると、新型原子炉を開発するスタートアップ企業は日本初だ。開発や設計などに専念し、プラントメーカーに設計図を知財として提供する他、設計開発の受託を主な事業とする。 ● CEO・濱本真平氏は語る 「原子力研究は学生時代から」 原子力開発は学生時代からのテーマでした。大学院時代に取り組んだのは、海水に含まれるウランの収集技術です。海水中のウランの総量は鉱山における埋蔵量を上回るといわれ、その活用が長らく期待されています。私は、ポリエチレンフィルムを放射線で改質し、海中に浸してウランを集めるための捕集材を作る研究に没頭していました。 当時は、いわゆる原子力ルネサンス(2000年代に欧米を中心に巻き起こった、原子力発電を再評価する動き)と呼ばれた、世界的な原子力ブームの少し手前に当たる時期だったと思います。社会的にも、原子力に対する期待が再び高まり始めていました。 大学院修了後の就職先として日本原子力研究開発機構(JAEA、当時は日本原子力研究所)を選んだのも、私にとって自然な成り行きでした。原子力技術の社会実装を見据えながら基礎研究に取り組める組織は、他にないと思ったからです。