この情報はSNSで拡散すべきか―戦時下で「正義感が大きくなっているときほど立ち止まるべき」理由
2月にロシアがウクライナ侵攻を開始してから、約2カ月が経った。今回はこれまでの戦争と異なり、ウクライナ・ロシア双方ともメディアやSNSを使った情報戦が繰り広げられているのが特徴だ。国内外で難民・貧困問題を取材するフォトジャーナリストの安田菜津紀さんは、「プロパガンダに対して世界がもっと感度を上げなければ」と警鐘を鳴らす。ロシアによるウクライナ侵攻の影響が拡大する中で、安田さんにメディアやSNSで飛び交う情報とどう向き合うべきか聞いた。(聞き手:荻上チキ/TBSラジオ/Yahoo!ニュース Voice)
「本当にこの情報を拡散してもいいのかな」と立ち止まる勇気を
――今回のロシアによるウクライナ侵攻について、SNSを含めたメディア上での情報の飛び交い方が、これまでの戦争と大きく異なっています。安田さんはこういった情報との接し方についてはどのようなことをお考えですか? 安田菜津紀: メディアやSNSから流れてくる情報に対して敏感になって共感する気持ちは、とても大切な感覚です。ただ、一方でそれが肥大化すると、自分が反感を持っている人たちには何が起こっても構わないかのような感覚を抱いてしまう危険性が、SNSにはあると思います。例えば、今、日本にあるロシア料理店やロシア食材を扱うお店が嫌がらせや誹謗中傷を受けているという話をよく耳にしますが、そういうときはいったん冷静になって“人権”という軸に立ち返る必要があると思うんです。必ずしもシンパシーを感じる相手ではなかったとしても、不当な扱いを受けている人がいるときに「それは違う」と言えることが人権を考えて行動するということではないでしょうか。 このような緊急事態や「何かをしなければいけない」というある種の正義感がすごく大きくなっているときほど、慎重になる必要がある。善意で拡散したものが必ずしも良い影響を持たないからこそ、「本当に拡散してもいいのかな」と立ち止まる勇気を持たなければならないと思います。 特に、今回の軍事侵攻においては、意図的に流しているようなフェイクや誇張情報も多く出回っています。そもそも、軍事侵攻とプロパガンダ的なものをメディアやSNSで流すことをセットにしてきたことは、何も新しいことではないですよね。シリアの戦争でも繰り返されてきましたから。ただ、そのときに世界が十分に歯止めをかけてこなかった。だから、ロシア側としても「どうせ世界は見過ごすから、ここまでやっても大丈夫なんだ」とエスカレートさせてきたと思うんです。そういった動きに対して、世界がどれだけ感度を上げて敏感になれるのかということも、常に問われてくるのではないかと感じますね。 ――自分ができることを把握するためには、確かな情報を得ることが必要であると思います。情報の“確からしさ”をめぐる困惑についてはどのようにお考えでしょうか。 安田菜津紀: 戦争や軍事侵攻が起きたときは、あまりにも情報があふれかえってしまうので、情報の取捨選択がわからなくなってしまうこともあると思います。そのときは、自分は人道重視なのか、経済重視なのか、何を大事に情報収集したいのかということに立ち返ったほうがいいかもしれません。 ちなみに、私自身はできるだけ多角的に考えさせてくれる番組を重点的に視聴して、さまざまな視点からこの状況を把握するようにしています。また、現地にいるジャーナリストや周辺国で人道支援を続けている方の肌感覚での情報発信を受け取るようにして、より確からしい情報を得るようにも心がけています。 ――そもそも情報が多すぎて混乱してしまうという人も多くいると思います。そのような場合はどうしたらいいと思いますか? 安田菜津紀: 冷静さを保つためには、一度SNSから離れてみることも一つの手ではないでしょうか。ウクライナの情報を知るために昼夜SNSを見ている人もいるかもしれません。戦禍が起きているときは世界中のメディアの注目が集まっているからたくさんの情報が発信されます。それを知ることはもちろん大事です。でも、世界中のメディアの目が向かなくなったときこそ支援が必要だと思うんですよね。細くても良いから長く関心を持ち続けるためにはパタっと倒れてしまったり、共感でプツっと心の糸が切れてしまったりすることを避けるために、一旦離れて、心を守ることはとても大事だと思います。 今回の戦争ではインターネットがマイナスな方向で使われているケースも見受けられるので、それは対処していかなければならないと思いますが、一方でSNSは希望でもあるんですよね。「助けて」という声を、地球の裏側まで瞬時に届けることができるのですから。もちろん情報の真偽を慎重に見極める必要はありますが、「ここでこんなことが起きている」「こんな助けが欲しい」と当事者自らがSOSを出せることは希望なんです。 つまり、SOSの声を受け取って次の行動につなぐことができるという大きな糸口が開かれているということ。その声を受け取った人それぞれが「私は日本で難民の受け入れについて声を上げるね」とか「周辺国で物資が止まっているからそれをなんとかして欲しいと声を上げるね」とか、自分の立ち位置から声を紡いでいくきっかけにもなると思います。