映画『国境ナイトクルージング』偶然一緒に過ごす男女3人の数日の出来事
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Navigator ●折田千鶴子さん 映画ライター 気温の変化に体がついていけず。友人が先生のヨガ教室で整えつつ、レッスン後はいつもランチに。
『国境ナイトクルージング』
▶偶然一緒に過ごす男女3人の、数日の出来事が琴線に触れる なんてことのない話のようで、いつしか心の奥にスッと入り込んでいて、妙にジワジワしみてくる。昨年のカンヌ国際映画祭・ある視点部門や、今年の米アカデミー賞・国際長編映画賞シンガポール代表にも選ばれた、知る人ぞ知る忘れ難い一作だ。 舞台は中国と北朝鮮の国境の街、延吉(えんきつ)の冬。ハオフォン(『唐人街探偵』シリーズのリウ・ハオラン)は知人の結婚式に出席するため街を訪れるが、どこか浮かぬ顔。式の後、暇つぶしでひとり観光ツアーに参加するが、スマートフォンを紛失する。ガイドのナナ(『少年の君』のチョウ・ドンユイ)は、そんなハオフォンを夜の街に連れ出す。彼女の男友達シャオ(『あなたがここにいてほしい』のチュー・チューシアオ)も合流し、20代前半の3人は明け方まで飲み明かす。翌朝、寝過ごして上海に帰るフライトを逃したハオフォンを、2人は延吉巡りに誘う。3人はシャオのバイクに乗って国境へ向かい、対岸の隣国・北朝鮮を眺める。夜になるとまた飲み明かし、翌日はハオフォンが希望した長白山の天池を目指して、雪山を登り始めるが――。 シャオもハオフォンもナナに気がある(好意を持たずにいられないナチュラルなキュートさ!)という、微妙な関係性をうっすらはらみつつ、互いの過去や状況をよく知らないからこそ踏み込みすぎない、そんな距離感が妙に心地よい。ネオン輝く街のクラブ、夜の動物園、氷の巨大迷路……。飲んで歌って踊って無邪気に笑い合いながら、それでもふとした拍子にそれぞれが抱える孤独や不安が顔を出す。上海で金融マンとして働くハオフォンが“エリートだ!!”と言われた際の苦い表情、雑踏の中で込み上げる嗚咽。足首の傷を“昔、無茶した”と隠すナナが、実は期待のフィギュアスケーターだったこと。故郷を飛び出し親戚の食堂で働く料理人シャオの葛藤――。彼らの心で渦巻く“人生このままでいいのか?”と立ちすくむ焦燥や迷いは、誰しも覚えがあるだろう。だから肌を重ねることで痛みや孤独が埋まることも、何事もなかったように振る舞うのも、すべて違和感なく腑に落ちる。極寒の延吉を巡りながら、言葉には出さずに互いをいたわりつつ、いつしか自分とも対話し始めた3人は、雪山で“あるもの”に出くわす。 数日ダラダラ無目的に、ただ一緒に過ごしただけ。けれど、そのかけがえのなさ! 頑(かたく)なさが溶け、人のぬくもりが愛しく感じられる、その尊いこと。彼らに幸あれと心から願いながら、きっと大丈夫だとフッと爽やかな風が心を吹き抜ける。同時になぜか自分も救われたような、心が洗われたような、上を向いて歩き出せるような、やわらかな感覚に包まれる。中国と朝鮮の文化が混在する興味深い延吉の冬は、最果ての地のように寒々しくも、時に吸い込まれそうに神々しく美しい。監督は、『イロイロ ぬくもりの記憶』でカンヌ国際映画祭カメラドールを受賞したアンソニー・チェン。ちょっと寂しいような青春の後味も絶品! 10月18日より新宿ピカデリーほか全国公開 公式サイト あり