貯蓄がなく実家を担保にUターン移住…80年代に都会で輝いていた女性たちが田舎で暮らす「明と暗」
故郷へのUターン移住、自然豊かな場所での田舎暮らし、夢の二拠点生活……。老いてからの移住にもさまざまありますが、楽しい日々は長く続かないといいます。 【エッセイスト・酒井順子さんが、昭和史に残る名作から近年のベストセラーまで、あらゆる「老い本」を分析し、日本の高齢化社会や老いの精神史を鮮やかに解き明かしていく注目の新刊『老いを読む 老いを書く』(講談社現代新書)。本記事は同書より抜粋・編集したものです。】
華やかな時代とは全く異なる「素朴な暮らし」
シニア世代の地方移住については、背中を押す本もあれば、「考え直せ」と諭す本もあるという状態の昨今。高齢化が加速し、地方の過疎化が深刻化すると、移住者を積極的に迎え入れないと自治体が存続しない、という危機感が強まってくる。特に若い層が歓迎されるとは言うものの、住民票を移して家を建てるような高齢者もまた、税金をもたらす存在として貴重だということで、様々な自治体が移住者を呼び込む施策を行うようになってきた。 さらには2020年(令和2)から本格化した新型コロナウイルスのパンデミックも、都会人の移住欲求を強く刺激する。リモートワークが多くの企業で認められるようになると、都会にいる必要性を感じなくなる人が増えたのであり、コロナによって第4次移住ブームが発生する。 若い世代の移住が増えたことは、高齢者にとっても良い影響を及ぼしたことだろう。移住の事例が増えることによって、年齢はどうあれ、その地における移住者の異物感は減るのであり、移住者同士でコミュニティを作ることも可能になってくる。身近な例を見ても、自身の故郷にUターンをした人の場合はまだ地元社会との接触を持つことが可能だが、それまで縁のなかった地へ移り住んだ場合は、移住者同士で仲良くなるケースが多い模様。 Uターンの事例が記されるのは、2021年(令和3)に刊行された吉本由美『イン・マイ・ライフ』である。元スタイリストの著者は、63歳の時、長く暮らした東京からの移住を決意。他の場所も考えたものの、結局は故郷の熊本へ戻ることにする。 東京時代に高い家賃の家に住んでいたせいもあり、著者には貯蓄がない。実家に住みつつ、その家を担保にしてお金を借りるリバースモゲージを利用し、周囲の助けを得ながら熊本での第二の人生を始めて73歳になった、という時点での本が同書である。 東京でのスタイリストという華やかな時代と、熊本に戻ってからの素朴な暮らし。その対比が鮮やかであると同時に、一人で都会で働いてきた女性を穏やかに迎える故郷のあたたかさが伝わってくる同書。お金が無くとも、つい庭などに凝ってしまうといったおしゃれ魂も頼もしい。 白洲正子に通じるおしゃれ移住の事例としては、麻生圭子『66歳、家も人生もリノベーション 自分に自由に 水辺の生活』(2023年)といった本も。作詞家として活躍していた著者が湖のほとりで暮らすようになったのは、なぜなのか。著者にしても吉本由美にしても、80年代にキラキラと輝いていた人達が老境に入り、苦労も経験しつつ田舎で素敵な生活を送る様子は、バブル世代にとっての目標となろう。