柔道・野村忠宏の引退会見全文4「未練はないです」
細川先生から伝えてもらった1本1本の集中力
報知新聞:先ほど、野村選手はリオとか東京とか、なんらかの形で関わっていけたらというふうにおっしゃっていましたけれども、目標であったり夢であったり、5年後には地元開催ということで、東京オリンピックにはこういう形で、立場で関わっていけたらっていうのは、夢、目標みたいなのはありますでしょうか。 野村:いや、本当にそこまではまだ全然、考えてないです。もう自分も引退、まず自分の引退っていうのも自分で練習して、こういうタイミングで引退してこうやって、こういう形でやっていこうっていうはっきりとしたビジョンを持って引退を表明したわけじゃなくて、ぎりぎりまで粘って、ぎりぎりまであがいて、あがいてのこの引退なんで。 5年後、どういう形で東京オリンピックに関わっていきたいかって、正直ね、あんまり見えてない部分が多くて、うーん。なかなかこう、はっきりした答えが言えないですけどね。うーん、例えば指導者なのか、うーん、なんなんでしょうね。どういう関わりができるのかっていうのも、まだ正直分かんないです、今。自分がこれがしたいって言ったら、はいどうぞっていうわけでもないと思うし。これで大丈夫ですか。 読売新聞:先ほどから何回か名前が出てる細川先生とオリンピックチャンピオンを目指されたころ、あるいは連覇を目指してらっしゃったころの厳しい稽古の中で、印象深いもの、ご記憶にあれば教えていただきたいことと、そのころのご自身を今あらためて振り返ったときに、どういう自分だったということを思われるのかということ。それと、いろんな世界の強豪がしのぎを削るそのオリンピックで、野村さんが三度、金メダルを取れた、ほかの選手に勝ってたとご自身が思われることがあるとすれば、なんなのかっていうのを教えていただけたらと思います。 野村:1つずついきましょうか。忘れてしまいました。 読売新聞:1つ目は、細川先生と一緒にオリンピックチャンピオンを目指してたころの厳しい稽古で思い出深いもの。印象深いもの。 野村:そうですね。大学入って細川先生と出会って、自分では強くなりたいんだ、強くなりたいっていう思いで一生懸命練習してるつもりだったけども、やはりロサンゼルスオリンピックの金メダリスト、細川先生の目から見たら、大学1年生のころの野村の取り組みっていうのは甘いもんだったんでしょうね。 だから本当に、細川先生から、普段ね、多くを語る先生じゃないですけども。うーん、やっぱりその、単に、なんて言うんですかね。一生懸命頑張るぞ、与えられたメニューの中を、与えられたメニューをこなす。その与えられたメニューもこなしながら頑張るっていうんじゃなくて、試合に勝つためには、与えられたメニューの中でもその1本1本を大切に、1本1本集中してやっていくっていうその、質の大切さ。量だけじゃなくて質っていうのを追求する。本当に試合に勝つために必要な努力っていうのをしろと。 そういうご指導を受けて。うーん、やっぱり大きく変わりましたね。うん。まだ自分はね、若いときっていうのは練習嫌いっていうのを公言してたけど、やっぱりしんどいからね、嫌いなんですよ、練習なんか。ただ、強くなるためには、チャンピオンになるためには、嫌いになるぐらいの、厳しい稽古っていうのが必要だし、そういう稽古をしないやつはチャンピオンになる権利すら、そこまでできないし。 ただ自分はチャンピオンになりたいっていう思いがあったから、その厳しい稽古を積むっていう。うーん。細川先生から伝えてもらった1本1本の集中力。そして最後まで諦めない心の強さ。それは練習でつくるもんだ、厳しい稽古でつくるもんだ。そういうご指導をいただいた中で、一歩ずつだけど強くなろう。本当に細川先生のアドバイスっていうのが、自分を大きく引き上げてくれたなと思います。