老々介護の父と娘 96歳認知症の父、六花亭で誕生日を祝われて喜ぶ。その後、コロナで発熱、待合室で失禁を…
◆車は前に乗るのが当たり前という父 助手席の後ろに乗ってもらうつもりで私がドアを開けると、父がムッとしたのがわかった。 「助手席に乗る!」 熱で朦朧としているとは思えない、しっかりとした自己主張だ。でも熱のある父が助手席に座っていると、私は横を向いてしまい、前方不注意になるかもしれない…。妙に敏感なところがある父は、私が躊躇しているのを感じ取ったらしく、さっきより冷静な口調で助手席に乗りたい理由を説明した。 「俺は60年以上も車を運転していたから、いつもフロントガラスから外の景色を見ていた。タクシーの時は別だが、普段は後ろの席に乗ったことはない。だから前の席じゃなきゃいやなんだ」 2021年に93歳で自損事故を起こして車を廃車にした後も、父は免許証を手放さないと言い張っていた。免許証返納を求める私と、運転しなくても免許証は絶対に手放したくないと言い張る父。しょっちゅう激しい言い合いをしていた日々が蘇る。 父は未だに心の中で、車の運転をしている自分が本来の姿だと認識しているようだ。ここは私が折れたほうが良いと感じた。 「わかったよ。助手席に座って少し背もたれを倒して目を閉じていて。熱のせいか、だるそうに見えるよ」 父と私の会話をじっと聞いていた介護士さんが、父を上手に車椅子から降ろして助手席に乗せ、見送ってくれた。 「病院に電話して、今朝からの様子を伝えておきます。車椅子の用意もお願いしておきますね」
◆初めての紙パンツ 病院には発熱していると事前に連絡してあったので、看護師さんが感染症から身を守るガードを付けた姿で、駐車場に迎えに来てくれた。病院の車椅子に乗せられた父は、まっすぐに発熱外来の待合室に入ることになった。 私も体温を測定し、平熱を確認後に父の受付をしてもらった。私は待合室の椅子に座り、父がトイレに行く間もなく別室に連れて行かれた様子を見て、一抹の不安がよぎった。 父は昔からトイレに行く回数が少ない。持って生まれた膀胱の容量が大きいのだと思うが、なぜか父はそれを良いことだと思っている。たぶん看護師さんに聞かれても自慢げに言うだろう。 「私はあまりトイレに行かないんです」 ところが、コロナのPCR検査の判定を待つ間、父は車椅子の上で失禁してしまったと看護師さんから報告された。発熱による脱水状態を避けるため、老人ホームでいつも以上に水分補給をさせてもらっていたから、おしっこが溜まっているのに自覚がなかったようだ。 「ズボンが濡れていますけど、お父さんの着替えは持ってきていますか?」 看護師さんに予期せぬ質問をされて、私は自分の準備不足が恥ずかしくなった。 「すみません。想定外のことで、着替えの用意はありません」 父を待たせておいてホームから着替えを持ってくるか、濡れたズボンのまま帰るかのどちらかを選ばなければならない。父の考えを聞いて決めようと思った。 「パパ、待っている間におしっこをしてしまって、ズボンが濡れているよね。私が着替えを持ってくるまでここで休ませてもらう?」 怪訝な顔で私を見ると、父はズボンに手を当てて言った。 「漏らした覚えはない。このまま帰る」 看護師さんはこのようなケースに慣れているのだろう。父の意思を尊重して話してくれた。 「トランクスは脱いで紙パンツを履いたから、もしおしっこが出ても大丈夫ですからね。車の座席が濡れないように、吸水シートを敷いてあげますから、このまま帰りましょうね」 私の車には、災害で避難した時に使用する目的で防災グッズとバスタオルが積んである。父の腰にバスタオルを巻き、いただいた給水シートを敷き、看護師さんの力を借りて助手席に座らせ、車を発進させる前にホームに電話した。 「コロナが陽性でしたが、肺炎にはなっていないませんでした。薬をもらったので今から帰ります」 ホームではコロナに罹患すると、5日間家族の面会は禁止になっている。私はロビーで父と別れ、ケアマネージャーと今後のことを話し合った。 熱が下がりふらつきが収まるまでは、居室の中でもなるべく歩かないでほしいので紙パンツを履いてもらいたい、というのがホームの意向だ。 紙パンツはホームで用意してもらえることになったが、肝心の父が抵抗しないでそれを履いてくれるかどうかが心配だった。 (つづく) 【漫画版オーマイ・ダッド!父がだんだん壊れていく】第一話はこちら
森久美子
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