すしざんまい社長が憧れたのは「パイロット」、「前例ない挑戦」で毎日過酷なトレーニングも…「極限状態なんでもできる」
訓練の合間を縫って猛勉強を続けた結果、17歳で大検に合格できました。いよいよパイロット候補になれると思ったのですが、『前例がないから1年待て』と、コンピューターを扱う部署に配属されました。それでもいつかパイロットになれると信じて、体力作りのために毎日朝晩10kmのランニングを欠かしませんでした」
夢を諦めて…
逆境をはねのけ、パイロットへの道を切り開こうとする木村さんだが、思いもよらない不幸に襲われる。
「自衛隊に入って4年目、三重県津市の部隊にいたときのことです。日課のランニングで山道を走っていた際に、すれ違ったトラックの荷台から積み荷が落ちてきて、頭を負傷してしまったのです。幸いケガは大したことなかったのですが、精密検査をしたところ、目のピント調節能力が落ちていることが判明しました。これは、ヘリコプターならともかく、戦闘機のパイロットとしては致命的なことです。子どもの頃から抱き続けた夢は、諦(あきら)めざるを得なくなりました。
自衛隊に残るという選択肢もありましたが、私は外の世界に出てみようと考え、5年9か月を過ごした自衛隊を退官しました。何もあてはありませんでしたが、パイロットに代わる夢を手探りで見つけようと思ったのです。
大検に受かった後、せっかく大学に行ける資格を得られたのだからと、中央大学法学部の通信教育課程に入学していました。中央大の法学部と言えば、法律の世界に多くの人材を輩出している名門です。『やるなら日本で一番難しい試験に挑戦してやろう』。そう思った私は、次なる夢を『司法試験合格』に定めて、猛勉強を始めたのです」