上村吉太朗 『俊寛』千鳥「かわいくて純粋。強い一面も持つ娘」【今月の歌舞伎座、あの人に直撃!! 特集より】
島の娘らしさが詰め込まれた「薩摩なまり」
── 俊寛たちとともに祝言を挙げます。 吉太朗 俊寛が「こなさんが千鳥か」と声をかけてくださって、千鳥の一発目の長台詞があります。「島の山水だけれど酒と思う心が酒」と。盃もアワビの貝殻ですが、どうぞこれを代わりにと。とにかく一生懸命伝えようとするところが大事かなと。この一生懸命さに、島の娘らしいあどけなさ、まっすぐなところが出ていると思います。 ── そして先ほど触れられた「薩摩なまり」が台詞に出てきます。 吉太朗 まず台詞を音として聴きました。最初に訛りや抑揚を耳に入れて、さらに師匠と織太夫さんに教わったことを組み込んで稽古しました。千鳥と言えば「りんぎょぎゃって、くれめせや」(かわいがってくださいませ)という台詞が知られていますが、義太夫では「りんによぎゃって、くれめせや」が正しいそうです。義太夫の薩摩なまりで言うとなるとこうなんだなと勉強になりました。こういう素朴ななまりや抑揚、言い回しに、千鳥のかわいらしさ、島の娘らしさが詰め込まれているように感じます。 ── 千鳥は山水を酒の代わりにと出しますが、後から考えてみれば奇しくもこれが別れの水盃となってしまうんですね。 吉太朗 そうなんですよね。ここはそういう設定だと思います。 ── 瀬尾太郎兼康が下船してきて赦免状を読み上げ、俊寛は赦されず島に残ることになります。しかし丹左衛門があえて後から降りてきて、平重盛公の慈悲として俊寛も都に戻れることに。ところが千鳥は一緒に乗せてもらえない。 吉太朗 千鳥にとっては少将が初恋だと思います。その人が連れていかれる。一緒に連れていってもらいたい。裕福な生活なんて望んでいない、一緒にいられればそれでいいのにと。でも自分のために三人が残るというのは申し訳ない、どうしよ、どうしよという気持ち。ここはもうめちゃくちゃ複雑です。でも結局自分ひとりが残されることになってしまう。 ── そしてサワリ(女方の見せ場、愁嘆場。クドキ)となります。吉太朗さん、舞台にひとりきりですよ。 吉太朗 どうしましょう。歌舞伎座の大舞台でひとりきり。もうそれは緊張すると思います。想像すればするほど怖いです。島にひとり残される千鳥の心情とリアルなその状況がリンクしますので、せめてそれを自分に落とし込んで勤めたいですね。 ── ここは竹本と台詞を取ったり取られたりの、本当に見どころ、しどころですね。 吉太朗 本当においしい、いい役ですよね。このサワリを師匠は(片岡)秀太郎旦那に習ったので、それをベースに教わっています。江戸の役者さんの千鳥とは少し違うかもしれません。「乗せてたべ」と嘆いて、癪を起こして「あいたた」とさらしで胸を縛る、手をそろえて裾を押さえてきまるのが普通ですが、上方のやり方ですとここでさらしをグッと縛ってきまったりするんです。また、「ポテチン」(クドキなどで使われる義太夫三味線の弾き方)があるのは同じですが、袂を持って振るところとか、袖の使い方などが少し違うかもしれません。大旦那がなさったときの南座での映像がありまして、それを基に稽古しました。江戸のやり方と秀太郎旦那のやり方を合わせながら、となりそうです。