上村吉太朗 『俊寛』千鳥「かわいくて純粋。強い一面も持つ娘」【今月の歌舞伎座、あの人に直撃!! 特集より】
毎月歌舞伎座公演で上演される演目のなかから、気になる場面やせりふ、キャラクター、衣装などをピックアップ。客席からは知る事のできないあれこれを、実際に演じる役者に直撃質問! これを読めばきっと生の舞台を体感したくなるはず。 さぁ、めくるめく歌舞伎の世界へようこそ。(「ぴあ」アプリ&WEB「ゆけ!ゆけ!歌舞伎“深ボリ”隊!!」今月の歌舞伎座、あの人に直撃!! 特集より転載) 【全ての写真】上村吉太朗さん最新舞台写真ほか 絶海の孤島、鬼界ヶ島に流され3年。寂しい流人生活を送る俊寛僧都の心を、つかの間とはいえ、癒し、希望の灯をともしたのが海女の千鳥だった。近松門左衛門作・人形浄瑠璃として初演され、その翌年には歌舞伎に移された人気狂言だ。 <あらすじ> 平家打倒の密議が露見し、鬼界ヶ島に流された俊寛、丹波少将成経、平判官康頼。3年たったある日、成経が島の娘、海女の千鳥と夫婦になるというので、皆でささやかな祝言を挙げる。そこへ都からの船が着く。役人の瀬尾太郎兼康が赦免状を読み上げるが、そこに俊寛の名前はなく……。 この狂言に唯一登場する女方の役どころが海女の千鳥だ。他の時代物や世話狂言に登場する赤姫や傾城はもちろん、町娘ともずいぶん雰囲気の異なる娘役、千鳥。彼女のけなげさ愛らしさは、登場からいきなり客席の心をつかむ。そしてやわらかい薩摩なまりのまじるその台詞に、俊寛同様に頬を緩めてしまう。 今月の深ボリ隊はこの千鳥をロックオン。歌舞伎座の「錦秋十月大歌舞伎」『平家女護島』でこの千鳥に抜擢されたのが上村吉太朗さんだ。初役でこの大役を勤める。千鳥はなぜこんなにも愛らしいのか。そして実際にどんな娘なのか。「俊寛」の稽古直前の吉太朗さんを直撃した。
Q. 傾城とも町娘とも違う、島の娘らしさはどうつくる?
── 吉太朗さんがこの狂言を初めてご覧になったときの思い出を教えてください。 上村吉太朗(以下、吉太朗) 俊寛が(片岡)我當旦那で、師匠(上村吉弥)が少将、(中村)京妙さんが千鳥でした(2012年、大阪松竹座「歌舞伎鑑賞教室」)。それがまず最初の千鳥というお役との出会いです。師匠が二度ほど巡業で千鳥を勤めていますので師匠に教わります。普通の女方の役とは違う、いい意味で礼儀を知らない、それが千鳥のかわいらしさにもつながっていて、俊寛はじめ皆が護ってあげたいと思えるような娘です。町娘とは違う島の娘だというところが大事だと師匠から教わりました。 ── 若女方にとって大役ですね。千鳥を勤めると最初に聞いたときはどんなお気持ちでしたか。 吉太朗 もうこれまで感じたことのない驚きと、もはや怖さでした。8月頭くらい、桂九雀師匠の「九雀の噺-美吉屋ご一門を迎えて-」に出演させていただくということで、お稽古をしていたころです。 ── 鹿芝居の逆で、役者が落語に挑戦する試みですね。 吉太朗 そうなんです。その頃に師匠から電話で「あなた、大変よ!」って言われて、「何だろう、10月の歌舞伎座で自分が勤めそうなお役って何かあったかな」と「歌舞伎美人」を確認したりして(笑)。でもわざわざ師匠が連絡してくださるくらいだから何か意外なお役なのかなと思っていたら、まさかの千鳥。師匠も僕に話すときにうるうるしていました。僕はもう茫然としてしまって、どうしようかと。 ── まず何から始めましたか。 吉太朗 まずは(尾上)菊之助さんにお電話してお礼を伝えたら、竹本織太夫さんから薩摩なまりを習ってほしいとおっしゃったので、織太夫さんに稽古していただきました。歌舞伎の台詞ですから義太夫とは言い方が違いますので、そこは調整しつつ。ただ、あの狂言で薩摩なまりなのは千鳥だけ。他の人はみな都人ですから。鬼界ヶ島の空気を出せるのは千鳥だけなので、そこを大切にと言ってくださいました。 ── 千鳥はこしらえがまずとんでもなくかわいいですよね。 吉太朗 若草色にヒトデ柄の着付で、(『妹背山婦女庭訓』の)お三輪……はもう少し濃い色ですが、(『菅原伝授手習鑑』の)八重とか、ちょっとそういう田舎娘っぽいイメージと重なります。あんこ帯を前帯で締めて、柄は蔦ですね。 ── この蔦模様が遠くから見るとちょっとハート柄に見えて、またそれもかわいいんです。 吉太朗 たしかに! ハートに見えますね(笑)。裾はからげて足は裸足です。この鬘は馬のしっぽと言っていいのかな、それに珊瑚の髪飾り。海で採れたものなのでしょうね。 ── 顔についてはいかがですか。 吉太朗 千鳥は本当は真っ白ではないはずなんですよ、海女ですから、もっと日焼けしているはず。初演から真っ白だったのか、どなたかが白くすることにしたのか。見初めた少将も同じように白塗りですから、綺麗なカップルという印象ですね。この狂言の中では唯一の女方のお役ということで、自分に注目されることも多いと思いますので……こうお話しながら改めて、本当にちゃんと頑張らないといけないなと焦っています(笑)。 ── 眉や目の化粧で田舎娘らしさはどんなところに? 吉太朗 傾城とは違いますから眉を立派には描かずかわいく描きます。眉って遠くからでもその役柄を認識できる部分なので、眉間を空けたり長くしたり短くしたり。眉尻を長く立派にすると傾城に見えます。千鳥は短めにして、目の周りのぼかしもあまり強く入れない方がいいんじゃないかなと。勤める方の顔の形にもよるのだと思いますが。 ── いわゆるナチュラルメイクですね。 吉太朗 そうです。すっぴんに近いイメージ。ただ歌舞伎座の舞台なので、後ろの方のお客様にも伝わるようにしっかり描かないといけない面もあるんです。難しいですね。とにかく今月はすべてが勉強です。 ── そして千鳥の出がとにかくかわいらしいですよね。呼ばれて出て行ったのにまた引っ込んでしまう。あっという間に心つかまれてしまいます。 吉太朗 少将はもちろん、康頼にも会ったことがありますが、俊寛に会うのはあれが初めてなんですよ。恥ずかしさもあり、また身分の違う人だからこんな自分がお目にかかっていいものだろうかと。とにかくサーッと花道を引っ込んでしまう。 ── あの引っ込みは速いですよね。 吉太朗 速いですね(笑)。出はその人物の第一印象を決めるのでどのお役でも大事ですが、この千鳥は特に皆さんの印象に強く残るところだと思います。それに出て行って恥ずかしがるだけではなくて、速足で引っ込むなんて良い手法ですよね。 ── 名前を呼ばれて「あい」という声がまたかわいいんです。 吉太朗 か細く、透き通るような声がいいと言われます。しっかりし過ぎず細く、でも響かせなきゃいけない。