阿倍野のビリヤード場、名物女ハスラーの娘、店を受け継ぎ新たな一歩
レトロな路面電車が走る大阪市阿倍野区王子町「あべの筋」沿い。細い路地にツタに覆われたレトロな洋館がある。開業71年を迎えたビリヤード場「保名(やすな)倶楽部」だ。今年4月、開業からずっと店を守り、その半生が書籍や舞台にもなった「浪速の女ハスラー」南川千代さんが亡くなった。店は三女の平田範子さん(66)が受け継ぎ、先日、税務署に自分名義の開業届を提出。様々な人たちに愛された千代さんの思いを胸に、新たな一歩を踏み出した。 地上300メートル、日本一の超高層ビル「あべのハルカス」から南へ約1キロ。道路と併用して走る阪堺電気軌道の車両が専用軌道に入る「松虫駅」近くの細い路地に保名倶楽部がある。千代さんが昭和17年ごろに開業した小さなビリヤード場は、第2次世界大戦の空襲でも焼け残った築100年以上ともいわれるレトロな建物だ。そんな特徴から1987年にはNHKドラマのロケ地にもなり、主演のミヤコ蝶々さんらが2日間貸切で撮影したのを皮切りに、数々のドラマの撮影にも使用されたという。 ジャズが流れる店内には普段よく目にするポケットのビリヤード台1台、そしてポケットがない「キャロムテーブル」3台が置かれていた。「うちのお客さんはポケットよりキャロムを好むねん」。範子さんの言葉通り、常連客は四つ球やカードル(ボークライン)などを楽しむ。また、これらの台を使う常連客には、四つ球の日本選手権優勝者も複数おり、常に練習しているというから驚きだ。
開業から店を守ってきたのが「浪速の女ハスラー」と呼ばれた千代さん。「言いたいことをズバズバ言う人、言葉に表裏がないねん。けどそれは相手を思ってのことで、たいていの人は『千代さんに元気づけられた』言うて、ほんま周囲から愛されてたわ」と話す範子さん。常連客の1人も「千代さんを慕い、多くの常連客が来てはキューを握って指導したり、相談にも乗って面倒見がよかったなぁ」と笑顔を浮かべて話していた。 また、2001年には長男で脚本家の南川泰三さん(69)が千代さんの半生を描いた「玉撞き屋の千代さん」という本を出版。泰三さんは「ムツゴロウと愉快な仲間たち」などを手掛けたことでも知られ、この本は全国ネットのテレビ番組などで紹介された。また舞台化もされ、女優の浜木綿子が千代さんを演じ、赤井英和や加藤茶が共演するなど話題となって以来、本を見たという福島県や九州の人が来店したという。千代さんは優しく応対。「私はなんもたいそなこと言うてへん。普通に生きてきただけやのに」と戸惑い見せていたが、「その“普通”がみんなを元気づけていた」と範子さんは当時を振り返った。 いつも店で明るく笑顔を振りまいていた千代さんだが今年4月、遠方から来た客を見送った後に倒れ、その2日後に息を引き取った。その3年前に転倒して頭を打ち入院。一度は寝たきりにもなったが「働きながら死にたい」という思いを胸に起き上がって以来、ずっと店に出ていた。そして、その思いを遂げ96歳の生涯を終えた。 5月に行われたしのぶ会には、俳優の赤井英和さんら100人を超える人たちが店に集まり、愛された千代さんの人柄が表れた。それから4か月たった9月半ば。範子さんは税務署へ千代さん名義の「保名倶楽部」廃業届を提出。同時に自分名義の開業届を出した。「ここは千代さんの店。せやけどこれを区切りに『範子カラー』を出していかなと思ってん」。千代さん同様、自らキューを握り来店者に指導する姿も。「ビリヤードは何回も何年も通って腕が上がるもの。いつでも気軽に来てや」。阿倍野の小さなビリヤード場から、また新たな歴史の一歩が踏み出された。