タイラー・ザ・クリエイター『CHROMAKOPIA』全曲解説 2024年ヒップホップ最重要作を今こそ紐解く
ファレルと実母の後押し
冒頭を飾るのは、ダニエル・シーザーをフィーチャーした「St. Chroma」。ダニエル・シーザーはトロントのR&Bシンガーで、この後もたびたび登場する本作のコアメンバーの一人だ。タイラーの実母のボニータ・スミス(以下ボニータ)による「あなたは光。それはあなたに向けられているのではなく、あなたの中にある。誰のためでもないのに、人生で自分の光を弱めるようなことはしないで」というスポークン・ワードからスタートするが、この実母の声はアルバムを通して登場する。 この曲はパーカッションと透き通ったシンセで聴かせる音数を絞ったビートで囁き気味にラップするパート1、重厚なシンセが目立つブレイクを経て、美しいピアノを加えたパート2という構成になっている。主題としてはこれまで自身の才能を信じて進んできたことを振り返るようなもの。パート1では「Pができると言ってそれを信じた」とラップしているが、このPとはスケートボード・Pことファレルのことで、「できると言った」とはファレルの2006年作『In My Mind』に収録された「You Can Do It Too」のことを指す。また、パート2では「ママが俺を特別だと言って……」とラップしており、ファレルとボニータを並べて「後押ししてくれた人物」として描いている。 続く「Rah Tah Tah」は、初期オッド・フューチャーを思わせるワイルドな一曲。終盤では「俺たちは本当にオッド・フューチャーで、みんなぶっ飛んでいた。ケニーに次ぐ街で一番の存在だ。それは今じゃ事実」とラップしており、「The Pop Out: Ken & Friends」を経た「西海岸ヒップホップとしてのタイラー」を感じることができる。それを踏まえると高音シンセの使い方がちょっとGファンクのようにも聞こえてくるが、金属的なスネアやボコボコした低音の使い方などを使った歪なビートであくまでもオッド・フューチャー的だ。 「Noid」はザンビアのロックバンド、ンゴジ・ファミリーの「Nizakupanga Ngozi」をサンプリングしたロック風味の一曲。ウィル・スミスの娘、ウィローもコーラスで参加している。歪んだギターとファレル譲りの美しいシンセやピアノが溶け合うビートメイクが素晴らしく、異なる言語の歌が自然に差し込まれる展開も見事だ。曲のテーマは被害妄想で、曲名の「Noid」は「Paranoid」の略。スーパースターになったタイラーの悩みが感じられるが、「19歳になる前から」ともラップしておりその問題は根深いようだ。