25歳だった女優の南沢奈央さん……何をしたいのか悩んでいたときに書評を頼まれた運命の1冊とは
1年後、ウェブ連載の「読書日記」を始めるにあたり、もう一度じっくり読み直した。デビュー当初の原は内気で、撮影所でも共演者と口をきかずに一人で本を読んでいたその姿は、自分とそっくりだった。しかし、女優として開花した後、「信念の人」となる。戦後の代表作を撮った小津安二郎監督への歯に衣(きぬ)着せぬ批判、42歳で引退後、亡くなるまで二度と世間に姿を見せなかったこと……。
「女優としてのプライドと自らの引き際を決めるいさぎよさ。自分もいよいよ腹を決めなくては、と確信しました」
舞台で演じる仕事は、まず台本を読んで想像力を働かせ、役柄をどのように表現するかを作っていく。わくわくする瞬間だが、あくまで台本が主だ。一方、書評は自分が感じたこと、考えたことを表現の中心に据えることができる。
「読売新聞で読書委員をしていた3年間、そのことを肝に銘じ、いつも迷いながら書いていました。私にしか書けない書評になっているだろうか、と」
物心ついたころから「心の安らぎ」だった読書の仕方も変わった。2週間に1度開かれる読書委員会のメンバーは、各界を代表する名だたる本好きばかり。それだけに手に取る本は実にさまざまで、一気に世界を見る視野が広がった。
「素晴らしい方々と一緒に本を読む経験を共有できたことは、仕事だけでなく、いろいろな意味でこれからの人生に役立つと思います」
デビューして今年で19年。原節子の生涯と重ね合わせながら舞台に立つ日々が続く。「彼女が映画界に残した足跡には及びませんが、舞台でこれは!という役を演じていきたい。役はなかなか選べませんが、好きなのは古典作品。チェーホフの『かもめ』のヒロイン、ニーナ役とか……」
書評を書く体験を通じて開かれた窓は、今も広がり続けている。(松本良一)