火星ではほぼ毎日8mのクレーターができている 新たな天体衝突率の推計結果
地球と比べて「火星」の大気は薄いので、宇宙空間から降ってきた天体が地表に到達する確率は地球よりも高いと推定されています。しかしこれまでは、小さな規模の天体衝突が火星でどの程度発生するのかについて理論的に推定した値と、衛星画像をもとに推定した値とが一致しないという問題がありました。 NASAが火星探査機「インサイト」のミッション終了を発表 火星の内部構造解明に貢献 スイス連邦工科大学チューリッヒ校のGéraldine Zenhäusern氏とインペリアル・カレッジ・ロンドンのNatalia Wójcicka氏を筆頭著者(同等の貢献者)とする研究チームは、アメリカ航空宇宙局(NASA)の火星探査機「インサイト(InSight)」が捉えた火星の地震(火震)のデータを分析し、火星表面に天体が衝突する頻度を推定しました。 その結果、直径8m以上のクレーターが形成されるような衝突は、1年あたり280~360回発生することが分かりました(※1)。この数値はこれまでの研究で推定されていた値と比べて3~4倍も高頻度であり、言い換えれば最小でもバスケットボールほどの天体1個が毎日のように火星の表面に到達していることになります。今回の研究結果は、火星表面に関する年代測定の推定や、将来行われるであろう火星での長期滞在におけるリスクを正確に評価する上で重要な情報です。 ※1…この記事では、年や日などの時間の単位には地球の時間を使用します。ただし、火星の1日は地球より約40分長いだけであるため、「ほぼ毎日天体衝突がある」という表現は火星の1日に対しても適用されます。
■「火星」の小規模な天体衝突の頻度には謎があった
宇宙から地球へ落下する天体は、表面に到達する隕石に限っても年間1万7000個もあると推定されています。ただし、その多くは海や無人地域へ落下するため、ほとんどは誰もその存在に気付きませんし、具体的な被害が生じることは極めて稀です。 一方で、将来的に有人探査が計画されている「火星」では事情が異なります。火星の大気は地球の約0.75%と薄く、小さな天体でも燃え尽きたり減速したりせずに高速で地表へ落下します。薄い大気ではより遠くまで衝撃波が届くため、火星ではクレーターの直径の100倍程度の距離にまで被害が生じるおそれがあります。直撃することは稀であるとしても、衝撃波が遠くまで届くことは、恒久的な基地の建設や滞在におけるリスクとなるでしょう。 月に存在するクレーターの研究をもとに、クレーターの直径と衝突頻度には単純な数学的関係があることが知られています。また、火星に生じた新しいクレーターの周辺部は舞い上がった塵によって暗くなるため、新旧の衛星画像を比較して見つけることができます。これらの理由から、火星表面における天体衝突のリスクは理論的には計算可能です。 しかしこれまでは、火星で直径60m未満のクレーターを形成する衝突の頻度について、衛星画像から推定された値よりも数学的に推定された値のほうが2~3倍も大きいという矛盾がありました。 推定値のズレを起こしているとみられる原因の1つは衛星画像です。利用される衛星画像の特性上、直径8m未満のクレーターでは最も精度が悪くなってしまうからです(※2)。また、火星には特有の事情もあります。ほぼ真空の月とは異なり、薄いながらも大気が存在している火星では気象現象として砂嵐が発生し、小さなクレーターを埋めてしまうのです。それに加えて、火星は月と比べて重力が地球に近い上に、小惑星帯の近くを公転していることから、小惑星と頻繁に遭遇する可能性があります。こうした事情で2つの推定値にズレが起きていると考えられていたものの、詳しい原因を確定することはできていませんでした。 ※2…解析に使われた画像は、NASAの火星探査機「マーズ・リコネッサンス・オービター」に搭載された、解像度6m程度のカメラ「CTX(Context Imager)」で撮影されました。