菅政権の「静かな人気」は吉か凶か 政治家の人気の「質」が国家の命運を決める
菅義偉内閣が発足して3週間目に入りました。報道各社の世論調査では、軒並み高い支持率を記録しており、与党からは早期の衆院解散・総選挙を期待する声も出てきているようです。 建築家で、文化論に関する多数の著書で知られる名古屋工業大学名誉教授・若山滋氏は高い支持率について「行政能力と改革の姿勢に対する期待であってほしい」としたうえで、政治家の人気の「質」というものに注目します。若山氏が独自の視点から論じます。
菅首相の不思議な人気
7年8ヶ月にわたった安倍政権でまるまる官房長官をつとめ、だいぶ前にこの欄で「安倍・菅政権」と書いたこともあるほど実権を振るっていた。にもかかわらず、その間、次の総理にふさわしい人物のアンケートでは上位にランクされなかった。つまり人気がなかった。誰もが、有能ではあっても官房長官止まりの政治家と考えていたのだ。それが菅義偉現首相である。 ところが、安倍前首相が退陣を表明したあと、一挙に自民党内の支持を集めて総裁選に圧勝し、新内閣の支持率も比較的高い。不思議なほどだ。 表面的な要因として二つ考えられるだろうか。一つは、安倍政権には光と影があったが、その退陣によって森友問題以後の影の部分が薄くなったことであり、もう一つは、菅新首相が雪深い秋田出身の苦労人ということで、2世3世が続くことへの反発からの好感である。しかし本当の理由は、その行政能力と改革の姿勢に対する期待ではないだろうか。そうあってほしいものである。 ここでは政治家の「人気」について考えたい。歴史に学べば、その人気の「質」が、国家・国民の命運に大きな影響を与えるように思えるのだ。
「華々しい人気」と「静かな人気」
どの政権でも発足当時は支持率が高い。少し経てば落ちるのだが、そのまま急落するものと、ジグザグしながら何とか保つものとに分かれる。近年では、細川政権、小泉政権、鳩山(由紀夫)政権の発足当時の支持率が高かった。小泉元首相は、短くハッキリしたコメントがテレビ時代の政治に向いていて「劇場型政治」といわれた。つまり小池現都知事に似て演技力は抜群、「自民党をぶっ壊す」と発言して郵政民営化を実現した。新自由主義、格差の拡大、地方の疲弊という批判もあったが、比較的長く続いた。 細川政権と鳩山政権の人気は、政権交代の人気といっていいだろう。バブル以後の経済停滞と、総合的な国力の低下と、総理大臣の短期交代によって、長すぎた自民党支配に嫌気がさしたのだ。しかし細川政権も鳩山政権もそれ以後の民主党政権も、支持率が急落して回復しないというパターンをたどった。 もう少しさかのぼれば、田中角栄元首相が抜群の人気であった。雪深い越後の貧しい農家の出身、小学校しか出ていない、戦後の混乱期に才覚ひとつでのし上がったという、まさに立志伝中の人物で「コンピュータつきブルドーザー」「今太閤」と呼ばれ、格別の人気があった。しかしオイルショックもあり、狂乱物価を招き、金脈問題によって総理の座を追われ、ロッキード事件で逮捕されることとなる。絶頂からの急転直下であった。 中曽根政権の支持率は発足当時それほど高くなかった。しかしレーガン米大統領、サッチャー英首相とともに、ソビエトのペレストロイカを誘導し、後藤田官房長官とのコンビによって行政改革、特に国鉄の分割民営化に成功して、支持率は下がらなかった。安倍政権は中曽根政権に近いようだ。「一強」といわれても支持率はさほど高くなかったが、またさほど低くもならなかった。 菅総理は、田中、小泉、小池のような「スター性」はない。つまり支持率が高いといっても「華々しい人気」があるわけではなく「静かな人気」というべきだろう。