職人が目の前で焼いて提供する和菓子にも挑戦、「虎屋」が創業から500年たって令和にたどり着いた“らしさ”
■1年かけたプロジェクトで行き着いた「本質」 「実は昨年、ほぼ1年をかけ、今後の虎屋のビジョンを考えていくプロジェクトをやってみたのです」(黒川さん)。社内でチームを組み、何度も議論を重ね、検証した結果、それまで使い続けてきた「おいしい和菓子を喜んで召し上がって頂く」に行き着いた。やはりこれが、虎屋の本質を表現していると皆で納得したという。 経営ビジョンが、それだけ社員の中で深く理解され、有用と認識されていることが、虎屋らしさの土台をなしているのだと腑に落ちた。
黒川さんはこれまでも、たとえば赤坂店を建て直すにあたり、オフィスも含めた10階建てのビルの建設プランが進んでいたところ、必要な機能だけを備えた低層のビルが時代に合っていると提言し、結果、顧客をはじめ、業界内外の共感を得て、ブランド価値を上げるのに貢献した。 また、パリで活躍している3つ星シェフ、小林圭さんのレストランを2021年に御殿場に、2店舗目を虎屋銀座ビル11階にに開いた。日本人シェフが作るフランス料理のデザートに学ぶところ大と考えてのことだったが、なかなか予約が取れない人気店になっている。虎屋は「老舗なのに新しい」といった感覚が、人々の間に根づいてブランド価値を築いているのは、こういう事実を積み重ねてきた成果と言える。
■小豆を世界に広めたい 黒川さんの未来に向かっての夢は、小豆が世界に広がっていくことだという。「日本の小豆の質の良さは世界の中でも例を見ないものであり、虎屋がこだわってきたあんの核心をなす素材でもあります」(黒川さん)。 今のところ、小豆は限られた国でしか食べられていないが、小豆やあんの美味しさを、多くの人に味わってもらいたいと考えている。「カリフォルニアロールが出てきたことで、お寿司が世界に広まっていったように、こうでなければならないという枠組みにとらわれることなく、多様性を寛容に見ていくことが大事だと思っています」。
1980年にパリに進出した時は、羊羹を「黒い石鹸のよう」と言われたこともあり、定着してファンがつくまでには、それなりに時間を要した。小豆を世界へは、さらに高みを目指した目標だが、39歳のリーダーが語る言葉にエールを送りたくなった。 変えてはいけない基軸を守りながら、柔軟性や多様性を持って果敢に挑んでいく。それを続けてきたからこその500年と納得がいく話だった。
川島 蓉子 :ジャーナリスト