アトレチコ鈴鹿クラブ誕生物語。元Jリーガー社長が主導し「地元に愛される育成型クラブ」へ
1月10日、JFLに所属する鈴鹿ポイントゲッターズは、チーム名を「アトレチコ鈴鹿クラブ」に変更すると発表。前体制では元執行役員とのトラブルなどガバナンスに問題を抱えていたことが明るみとなり、クラブは昨年11月に「株式会社協同」を新たなオーナー企業として迎えて経営体制を刷新。新オーナーには協同の代表取締役社長を務める斉藤浩史氏が就任。元Jリーガー社長である斉藤氏は過去にどのようなサッカー人生を歩み、これから日本のサッカー界で何を成し遂げようと考えているのか? (文・撮影=大島和人)
新生「アトレチコ鈴鹿クラブ」を主導する元Jリーガー社長
元Jリーガーの社長が主導し、再出発を果たしたプロサッカークラブがある。1月10日に新たな愛称を発表した「アトレチコ鈴鹿クラブ」だ。2019年のJFL(※J1から数えて4部に当たる全国リーグ)昇格時は鈴鹿アンリミテッドと名乗っていて、2020年からは鈴鹿ポイントゲッターズとして活動していた。今回の改名は新体制発足に伴うものでもある。 鈴鹿は2019年の女性監督起用、2022年の三浦知良選手加入など「JFL離れ」をした話題性を社会に提供していた。ただし良いニュースばかりでなく近年は八百長疑惑、元執行役員によるクラブ恐喝未遂といった事案が起こっていた。2023シーズンも三浦泰年監督がパワーハラスメントにより開幕戦から4試合のベンチ入り停止処分を受けている。三浦監督が代表取締役、GMまで兼務する体制は解消されていたが、オーナーシップも含めたガバナンスの刷新は急務だった。 そんな中で登場した新たなオーナー企業が「株式会社協同」だ。1930年代に起業したメーカーで、アルミやプラスチックを成形して産業機械、農機、船外機などの部品を製造している。自社工場をタイ、アメリカ、台湾に持つ国際的な企業でもある。 協同の代表取締役社長を務める斉藤浩史氏は、1970年生まれの53歳。元Jリーガーで、プロジェクトのキーマンだ。プレーヤーとしては中2から読売サッカークラブ(現東京ヴェルディ)に加わってトップ昇格を果たし、ブラジルのプロクラブを経て1993年と94年には清水エスパルスでプレーしていた。ケガもあり若くして引退を強いられたが「Jリーグ」が10クラブしか無い時代に、タレント軍団の清水でレギュラーだった時期もあるDFだった。 引退後は父が経営していた協同に入社し、ビジネスマンとしてキャリアを積んでいた。ブラインドサッカーの支援などでサッカー界との関わりを持ち、2022年までは東京ヴェルディの社外取締役も務めていた。当面は斉藤氏が鈴鹿のクラブ運営法人社長を務める。