【女性弁護士座談会】朝ドラ『虎に翼』と法曹界のジェンダー問題 鴨志田祐美/武井由起子/大沼和子
法律考証によるリアリティとエンタメ性が両立
鴨志田 『虎に翼』は間違いなく脚本家の実力に裏打ちされた上質なエンターテイメントでもあったと思います。例えば脳内再生でいろんな時代の寅子が同時に出てきて議論してるとか、裁判の事例をドラマの登場人物がオールスターキャストみたいな感じで再現したりとか、ああいう遊びの部分を失わなかった。 一方でコアな部分、ハードな部分でも、明治大学の村上一博先生という専門家が法律考証を担当されて、刑事裁判で検事が裁判官の隣の席に座っていた当時の法廷の状況など、リアリティをかなり追求しています。NHKの清永聡解説委員も制作に関与して、史実の綿密な裏付けを行っています。原爆訴訟では実際の判決文が4分間にわたって読み上げられて、私たちにはグッときました。 エンタメ的な部分とリアリティを両方きちんと追求していたということが、大きかったですね。私も武井先生と同じでリーガルドラマはまず観ません。あまりにも嘘くさくてお前いい加減にしろよみたいなドラマが多いのですが、『虎に翼』はそうではありませんでした。 武井 弁護士も結構観てますね。朝から、SNSで、あのセリフが良かったとか、弁護士と一般の人が「弁護士ってこういう時こうなんですか」とか「確かにそういうことありますよ」と交流したり、一つのコミュニティになって盛り上がっている。特によねさんの言葉ですね。声を上げた女に社会は石を投げるといったセリフに、多くの人が共感しています。 大沼 私もお2人と同じようにリーガルドラマは観たことないです。弁護士でリーガルドラマが好きな人っているんでしょうかというぐらい、あまりに自分が生きている世界と違うので初めから観る気がしないのです。 『虎に翼』は、鴨志田先生がおっしゃったように、エンタメ性と史実がうまくミックスされてるところが大きいと思います。女性が戦前は「無能力」と言われたり、弁護士にもなれない、弁護士になれても裁判官になれないとか、いろいろな差別の場面が出てくるじゃないですか。どんな仕事に就いていても女性が被りがちな苦難とか悩みとか、それをなんとか突き抜けて自分のやれることをやるみたいな、ああいうところが共感を与えているのでしょうね。 鴨志田 このドラマは最初、日本国憲法14条を読むところから始まっているんです。ここをスタートにするぞ、というのが制作側の覚悟なんですね。女性が法律を学ぶことさえできないところから始まって、夫を失った寅子が憲法14条を得て立ち上がり、司法省の人事課長になった桂場(かつらば)を直撃して、私を裁判官として雇ってくださいと直訴する。ドラマの最後には、最高裁の大法廷で、尊属殺の重罰規定に違憲判決が言い渡される。絶望だけしてても何も変わらない。ガラスの天井と言われたものを、ちょっとずつ打ち破っていって、まだまだだけどここまで来てるというような、一筋の希望の光が最後に差し込んできたように、全体として俯瞰してみると感じるんです。 桂場さんという人の描かれ方もこのドラマの象徴的なところだと思います。ブルーパージの部分を見たら、それこそ今の最高裁をダメにした張本人みたいなところもあるけれど、でも彼は尊属殺重罰規定の大法廷判決の裁判長なんですね。また公害訴訟でも立証責任を事実上転換することで公害訴訟の原告の請求を認めやすくした。人は一面だけでみることができないというか、寅ちゃんもそうですが、いろんな角度からいろんな姿が見えるということも、このドラマは描き続けていたかなと感じているところです。 ドラマで描かれた少年法の改正論議は実際にあって、法務省の結論ありきみたいなところを家庭裁判所がものすごく頑張ってはねのけたんですね。ただご承知のとおり、このドラマが描いた時代よりもずっと後に、また同じ問題が再燃して、年齢引き下げは免れたけれど、「特定少年」という形で、かつて法務省が提示していたものがまた頭をもたげている。そういうところも、今まさに直面している問題を描いていると思います。