大きな負は、大きな正をもたらせる「ブルースの魂」 B.B.キングを育てたアメリカディープサウス
究極のブルースは愛する人に捨てられた時さ
映画「ブルースの魂」(初公開1973年)は、彼の生誕100年を祝ってリバイバルされる貴重な映画だ。映画は、テキサスの刑務所に服役中の黒人たちが労働歌を歌うドキュメント映像から始まり、「ブルースとは何か?」というテーマで進んでいく。 主軸に描かれるのは、NYハーレムで苦悩しながら暮らす黒人カップルの物語だ。その物語の合間に、伝説のブルースマンたちが次々と登場して、ブルースについて語り、演奏する。物語とドキュメントを織り交ぜた大胆な構成で、映画はブルースの世界観を伝えようとしている。例えば、ブルース界のレジェンド、ロバート・ピート・ウイリアムズは、自宅のキッチンでこう語る。「カミさんが怒った時や機嫌が悪い時にギターを取って今の気持ちを歌うんだ。するとブルースが降りてくる」「ブルースはフィーリングなんだ。望みがかなわない、行きたいのに行けない、金がない、そうした心に浮かぶ感情を歌う。究極のブルースは愛する人に捨てられた時さ」。そう語るのは、テキサスのマンス・リプスカム。
ブルースの根源への旅
映画には、B.B.キングを筆頭に、ブッカ・ホワイト、ソニー・テリー、ブラウニー・マギー、ファリー・ルイスなど多くのレジェンドたちが登場する。彼らのブルースを聴くだけで、彼らがとてつもなく霊的で感情豊かな人間だということがよくわかる。彼らは自分の感情に正直で、その感情をすぐに捉えて歌にしてしまう。 ブルースは、恋人を失ったり、失業したり、社会の厳しい現実や孤独を語る。〝うまくいかないこと〟を歌わせたら、黒人の横に並ぶものはない。感情を絞り込むような感覚。心の一番深い部分まで到達して、さらにその奥へと入って行こうとする恐ろしいほどの深さがブルースにはある。ブルースには悲しみという感情を包み込む深々としたぬくもりがあるだけでなく、ブルーな感情をはじきとばして進んでいく粋なリズムもある。悲しさを俯瞰(ふかん)して、笑いに変えてしまう知性もある。 大きな負は、大きな正をもたらせるものだ。南部は奴隷制や人種差別という負の遺産が残る地だけれど、ゴスペルやブルース、R&Bやロックンロールという世界中の若者を熱狂させる正の遺産を生み育てた場所でもある。もしあなたがブルースに関心があるなら、BBキングが南部の綿花畑に生まれたことを念頭に置きながら、この映画を通してブルースの根源へと旅することをおすすめしたい。
ライター 北澤杏里