「小1の壁」発達障害の子の小学校生活。子どもの発達に悩む母が「もう無理…」と感じた瞬間
やっとのことで通うところが決まってホッとしたのも束の間、さらに調整が必要なことが判明! 「放デイ」は利用日に学校まで迎えに来てくれるので本当に助かるのですが、送迎ルートの調整上(他の利用者の学校にも迎えに行く)、授業の終わり時間ぴったりに迎えに来られないこともあります。そこで、授業が終わる時間~迎え時間までや、仕事のある土曜日の朝と夕方の時間帯は、校内の公設学童保育との併用が必要でした。秋に利用申請は済ませていましたが、支援学級在籍予定のため、まずは利用可能かどうか、そして加配(通常の職員の配置基準に加えて配置される、障害を持つ子どもに対してフォローを行う職員)がつくのかどうかなど、さまざまな確認が必要になりました。 また、「放デイ」は3箇所と契約をしていたため、それぞれの送迎場所や時間、引き渡し方法の確認なども。この先18歳までを見据えた本人の居場所確保と、事業所解散などに備えたリスク管理のためではありましたが、正直大変でした。調整の必要なことの多さに(そして残された有給の少なさに)この辺りで一度息切れしかけた私。 「もう9-17時で働くのは無理かもしれない……」
入学後のはしご生活
年明けからは校内の公設学童との調整・交渉に合わせて、これまで通所のために使ってきた「通所受給者証」の就学に伴う切り替え手続きなどにも追われ、気づけば入学は目前に迫っていました。もちろん、学用品の準備などの通常の入学準備もあり、さらには環境変化に弱い長男のため、支援グッズを準備したり、通学の練習をしたりと、入学前に息も絶え絶え(笑) そんな中、役所の担当部署からは「長男さんの障害の程度では加配がつけられません」との返答で、不安を抱えたまま支援員なしで学童での生活がスタートすることになりました。 4月1日、入学式より前に学童と放デイのはしご生活が開始! 朝次男の保育園に寄ってから8時に学童へ。10時半ごろ放デイのお迎えが来て16時ごろまで事業所で過ごし、16時半ごろ再度学童へ送ってもらいます。そして、私が仕事を終え保育園に寄ってから到着する18時半まで再度学童で過ごすというハードな生活です。保育園時代と預かり時間はほとんど変わりませんが、移動も多く、人間関係も1からということで、4月の長男は予想通り落ち着かない様子でした。ただ、詳しく思い返そうとしても、毎日必死すぎて、この頃の記憶がほとんどありません(笑) 入学式後、学校が始まり、幸いなことに長男は1ヶ月ほどで新しい生活にも慣れてくれましたが、加配なしの学童では気を使い、(どうしても個別対応が必要な場面が出てくるので)職員さんにずっと頭を下げ続けていましたし、本当に綱渡りな生活をしていたなと思います。