いじめられていた少年はある日、銃を手に取った…佐藤究が描いたアメリカ社会の「リアル」
文庫書き下ろし新刊『トライロバレット』にて、新しいヒーロー像を打ち出した佐藤究さん。その背景にあるアメリカの社会情勢について聞いた。 【写真】『トライロバレット』を執筆した佐藤究さん さとう・きわむ/1977年、福岡県生まれ。著書に『QJKJQ』(江戸川乱歩賞)、『Ank: a mirroring ape』(大藪春彦賞吉川英治文学新人賞)、『テスカトリポカ』(山本周五郎賞直木賞)、『幽玄F』(柴田錬三郎賞)などがある
絶滅というロマン
――主人公となるバーナム・クロネッカーは17歳の高校生で、8歳で三葉虫に魅せられて以来、その化石を集め続けている三葉虫マニアの少年です。佐藤さん自身は古代生物への興味は強かったのでしょうか。 もともと生き物は全般的に好きで、自作にもよく登場させています。すでに絶滅した生き物にもかねてから興味は持っていたのですが、それは姿や生態に加えて、絶滅という事象そのものに惹かれるからですね。 たとえば、恐竜は今も人気を集めていますが、もし彼らが今も地球に生息していたら、特別展などが定期的に開かれることはないでしょう。絶滅してもう生きている姿が見られないからこそ、ビジネスにもなりうるし、人のロマンを喚起させる存在にもなりうるんです。 ――バーナムは、学校ではいじめを受けています。しかし、彼は目の前のことに絶望を覚えるのではなく、むしろアメリカや人類の根本を常に考えるような、俯瞰した視点が印象的な少年です。 まず作家としての姿勢をお話ししますと、一人の人物の限られた視点だけで物語を書くと、どうしてもその世界が狭まるんですね。ですので、物語を広げるためにより広い視点を採用しているところがあります。 また、いじめなどの辛い境遇に置かれていると、俯瞰という視点は育ちやすくなります。不条理を味わう中で、自身をそのような境遇に追い込む学校、ひいては組織に疑いの目を持つようになるので、自然と背後にある大きな存在を意識するようになっていく。ですので、そうした苦境にいる少年のリアリティを意識して造形しました。 ――やがて物語は、銃乱射という驚愕の事件へと結びついていきます。 銃の所持が合法化された社会である以上、アメリカでは銃が悲劇的な事件をもたらすことは珍しくはありません。その一方で、アメリカのエンタメではそうした事件が取り上げられる機会は乏しい。アメリカにとっては問題の距離が近すぎるぶん、作品として昇華させづらい点もあるとは思うので、日本人の書き手である自分がこの問題に取り組んでみようと思いました。 同時に、ではアメリカの問題が日本人にとって縁が薄いものかと言えば、そうとは思いません。アメリカで起こることは10年後に日本でもやってくるとも言われますが、むしろ10年どころか、両国の距離はかなり近づいているとも思います。 先日、アメリカの大統領選挙と、日本の兵庫県知事の選挙がちょうど同時期に行われましたが、どちらも冷静に見れば、きな臭さの目立つ候補が勝利をおさめる形となりました。これは一例に過ぎませんが、本作で描かれるような世界にしても対岸の火事ではなく、むしろ自分事に近づいているのではないかと感じたりもしています。