五月病、HSP、カサンドラ症候群、自律神経失調症は病気じゃないのか? それでもこれらの症状をほうっておいてはいけない理由
「自律神経失調症」は状態の総称
ヒトの体には、「交感神経(主に興奮しているときに働く神経)」と「副交感神経(主に穏やかな気分のときに働く神経)」という2つの自律神経系があります。それらが互いにバランスを取り合って、心拍や血圧、消化、代謝、発汗などの生命活動を調整しています。 「自律神経失調症」とは、この2つの自律神経のどちらかが過度に優位になって、互いのバランスが崩れている「状態」の総称であり、病名ではありません。 具体的な不調は、疲労感、頭痛、肩こり、腰痛、めまい、耳鳴り、動悸、息切れ、下痢、便秘、腹痛、胃痛、吐き気、しびれ、多汗、頻尿など、個人によって多岐にわたります。 自律神経の不調はさまざまな病気に伴います。たとえば、うつ病の際にも、頭痛や肩こり、胃痛などの自律神経症状が見られます。また、何らかの身体的な病気に伴って、これらの複数の症状が表れることもあります。 病名ではないと聞くと、単なる疲れだろうと自己判断をしてがまんする人もいますが、後になって重篤な病気が発見されるケースも現実に多いのです。不調が続くなあ、と思う場合は早めに、不調の部位から判断した診療科を受診しましょう。診察や検査の結果次第で、適切な診療科を紹介されるでしょう。
高額治療やカウンセリングビジネスに注意
医学的に病名ではないことばが社会に広く知られるようになり、ひとり歩きすることは古今東西、ありがちな現象といえます。ただ、現在のネット社会では情報の拡散スピードが非常に速く、それに比例するように医療情報の内容が変化していき、病気の本質が誤って伝わりやすいことから問題が生じています。 五月病、HSP、カサンドラ症候群はメンタルの不調に、また、自律神経失調症は心身の不調に基づくことばですが、その本質的な意味、概念は適切に伝わっているでしょうか。「このつらさは病気の症状なのか」と迷うことはとても多いと思われます。迷って不安なとき、ネットなどで見つけた、実は不適切であるにもかかわらず刺激的な意見や情報に注目してしまうことがあるかもしれません。 ネット、テレビ番組、雑誌などには、「あなたは○○○○(病名や症状が入っている)かも」というようなチェックリストや、克服の方法といった情報があふれています。そのリストや克服法は、医学的なエビデンスに基づいた確かな内容なのでしょうか。 「病気や病名ではないのだから、メディアや企業、団体、個人がどのように表現しようと自由だ」という考えや、自分好みの刺激的な情報を鵜吞みにし、それを拡散するといった行為はたいへん危険です。弱気になっているときにこういったチェックリストを試してみると、ほとんどの項目が自分に当てはまるように感じられるかもしれません(しかし、実際にはそんなことはありません。誰にでもある心理効果が働いているのです)。 流行していることばを用いたり、人の不安をあおる表現を使ったりして、自由診療で高額な費用をとるクリニックや、専門家ではない人によるカウンセリングといったビジネスも急増していると聞きます。 くり返し述べますが、つらい不調が続く場合、何らかの病気が隠れている可能性があります。ここで紹介したように、病名ではないけれど、健康を害しているような意味合いのことばに接する際には、自らのヘルスリテラシーが重要な役割を果たすでしょう。 *1 Shiraishi N, Sakata M, Toyomoto R, Yoshida K, Luo Y, Nakagami Y, Tajika A, et al. Dynamics of depressive states among university students in Japan during the COVID-19 pandemic: an interrupted time series analysis. Ann Gen Psychiatry. 2023;22(1):38. 写真/shutterstock
---------- 田近亜蘭(たぢか あらん) 1972年大阪市生まれ。京都大学大学院医学研究科健康増進・行動学分野准教授。医学博士。精神科指導医・専門医。精神保健指定医。京都大学大学院医学研究科博士課程医学専攻修了。関西医科大学精神神経科・医局長、京都大学医学部附属病院精神科神経科外来医長などを歴任。『日本うつ病学会診療ガイドライン双極性障害(双極症)2023』『統合失調症薬物治療ガイドライン2022』ともに作成委員。 ----------
田近亜蘭
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