東大は「たかが東大、されど東大に他ならず」
米国の政治哲学者マイケル・サンデルは、ベストセラー『実力も運のうち 能力主義は正義か?』の中で、米国で強まる学歴偏重主義について警鐘を鳴らした。日本においても、昔から東京大学を頂点とする学歴社会のあり方を問題視する声が後を絶たない。時にそれは激しい「東大批判」となって、世間の価値観を揺さぶってきた。 そのような「東大批判」の系譜をたどった『「反・東大」の思想史』(尾原宏之著、新潮選書)が刊行された。東大法学部出身で、現在は東京大学名誉教授の政治学者・御厨貴氏が読みどころを紹介する。 * * * 「反・東大」の思想史――何とも素気ないタイトルである。すぐに内容を予想してみる。「反・東大」と銘打った以上、世の中に常に出てくる「東大」にまつわる批判論の展開か。いやさりげなく思想史と書いてあるから、単なるエピソードや体験記の集大成ではなく――実は開き直った本の方が「東大」本は面白いのだが――、この思想史というタイトルからは、まじめっぽそうで、あれこれ難しいことがこれでもか、これでもかと並んでいる本ではないかとも推測される。いずれにしても身をただして読まねばならぬ。ここから尾原宏之さんの本との格闘が始まった。
「反・東大」とは
「はじめに」を読んで尾原さんの書きたいことがすぐ分かった。尾原さんのテーマは、このように明快だ。 「東大から排除された、あるいは自分から背を向けた人々による抵抗と挑戦の歴史が主題である。したがって東大が時にモンスターのように、時に矮小に描かれることもあり得よう」 まずは東大に受け入れられなかった。又は東大を受け入れなかった近代日本を生きた人々を、東大軸を中心に活写しようという試みなのだ。ダイナミクスがその展開にはある。おそらく、「反・東大」は、時に「半・東大」でもあり、または「汎・東大」にもなり、人々のあり方を否応なくゆさぶるものとなろう。三百ページにならんとする活字でびっしりつまった本だが、尾原さんの章立てにそって、時に茶々を入れつつ、読み進めていこう。