なぜ闇バイト首謀者は捕まらないのか…法律の盲点突くスキーム、通信傍受もおとり捜査も及ばず野放し状態
■ 刑事法の盲点を突く犯罪スキームとは 星:まず現在の刑事法では、組織的な殺人や薬物の不正取引などの重大犯罪の捜査において、警察は通信傍受(通信内容を当事者の同意なしに知ること)をすることが認められています。ただし、それは「音声通話(電話など)」が前提で、闇バイトのやり取りで主に利用されるSNSのテキストメッセージは現在の通信傍受法では想定されていません。まずは、テキストメッセージにも通信傍受法の適用範囲を広げることが議論されるべきでしょう。 また、テレグラムやシグナルといったアプリでは、第三者にテキストが解読されないように通信内容が暗号化されています。これも捜査が難航している理由です。暗号化により警察は指示役と実行役のやり取りを直接確認できず、証拠を押さえるのが難しいのです。どうやらテレグラムやシグナルでは通信履歴がサーバーに残らない仕組みになっているそうで、過去の会話履歴も自動消去されるようです。 さらに、「ルフィ広域強盗事件」で明らかになりましたが、トクリュウの指示役は海外にいることもあります。外国の捜査機関との連携がトクリュウの全貌を明らかにするためには必須であることも、首謀者の摘発を困難にさせている理由の一つです。 ──捜査方法の限界についてはいかがでしょうか?
■ 闇バイトでは「おとり捜査」が難しい理由 星:実行役が指示役に使い捨てにされる「その場限りの犯罪」である闇バイトの事件では、警察官が実行役になりすます「おとり捜査」が有効でしょう。現行の刑事法においても、薬物犯罪においておとり捜査は可能です。警察官自身が薬物の「買い手」になる、あるいは内通者を買い手にさせて、取引現場で売り手を逮捕する、というものです。 ただ、闇バイトにおけるおとり捜査の難しさは、実行役として求人に応募する際に身分を偽装しなければいけない点にあります。多くの場合、指示役は公的な身分証の提示を求めてくるため、おとり役の警察官が別の人物になりすますには、偽の身分証を用意する必要があります。それが公文書偽造罪等に問われないのか、という問題が出てきます。薬物取引では身分証を求められることはほとんどないのとは対照的です。 さらに、身分を隠せたとしても問題は残ります。おとり捜査の捜査官が「実際に犯罪をやるのか」という問題です。トクリュウの全容が明らかになっていない以上、奪ったカネの送金場所などを知るために、強盗まで実行する必要が出てきかねません。そうすると、強盗のターゲットになる「被害者」も実行役もすべて警察関係者で固めることが必須となり、捜査のハードルが一段上がります。 刑事法には、犯罪の準備段階で処罰される「予備罪」があります。確かに強盗や殺人においてはこれが認められています。しかし、トクリュウは強盗や殺人だけではなく、ペーパーカンパニーの設立や口座開設など、多様な特殊詐欺に関して実行役を広く募っています。幅広い応募者の中から、運悪く「タタキ(強盗のこと)」として選ばれる人たちがいる、というのが実情のようです。 つまり、おとり捜査でタタキに当たらない特殊詐欺の実行役になったとしても予備罪に該当しないため、計画段階では指示役を逮捕することが原則としてできないのです。目の前で犯罪が行われようとしていても、逮捕できないというジレンマにぶち当たるわけです。 また、実際に詐欺を働いてから逮捕しようにも、(捜査のために詐欺を働いた)おとり捜査官が「詐欺を働いた」として逮捕されないのか、といった問題も出てきます。正当業務行為として不処罰とすることも考えられますが、これまでほとんど議論されてきませんでした。 ──トクリュウの手法が、刑事法の盲点を突いているということですね。このままでは、首謀者の“野放し状態”が続いてしまうのでは?