フィギュアスケート日本代表→24歳で電撃引退→大学教員に…町田樹(34)が驚いた大学生からの“意外な反応”「目からウロコな体験でした」
最近悟ったことは…
――近年、YouTubeの動画を見てやり方を知る、という学習法が一般化して久しいですが、あれも「お手本+コピー」ですね。 町田 まさに。実際、何かを見て「まねぶ(=真似る+学ぶ)」ことの効果というのは、想像以上に大きなものです。まわりに上手い選手がいて、その人を見ながら育った選手と、そういう人がいない環境で育った選手とでは、伸び率にかなりの違いが出るということも判明しています。 だから最近私が悟ったのは「想いは、必ずしも伝わり切らなくてもいいのかもしれない」ということです。踊りの動きを創造することを「振付」、それを他者に教えて踊らせることを「振り渡し」と言います。「振付」は、他者に「手渡されて」いるのです。
「適度に諦める」というのも悪いことではない
振付家である私の想いが演者に完璧に伝わって、寸分違わぬ動きが可能になったとして、それは果たして面白いことなのか。それなら、振付家が自ら踊ってしまえばいいのでは? という見方もできなくはありません。だからこそ、「適度に諦める」というのも悪いことではないと思える。もちろん許容範囲というものはありますが、良い意味での認識の誤差は、むしろ演者のオリジナリティであるとも言えます。 「伝わらない」ことを受け入れて、それを一種の「余白」「余地」として演者に手渡すことも、作品を作る上では大事なことなのではないか、そんなことも考えるようになってきました。そうやって、理論と実践の絶え間ない往還が続く中で初めて可能になるのが、私にとっての言語表現なのかもしれませんね。 ――町田さんが持つ「言語」をまとめると、大きく3つに分けられるように思います。競技経験者/作り手としての言語、解説者としての言語、そして研究者としての言語です。これらの違いについて、意識されていることがあれば教えてください。
一番大きなポイントとなる“視点”
町田 一番大きなポイントは、「主観」「客観」という視点かもしれません。あるいは、そのバランス感覚と言いますか。競技者/作り手としての言語表現には、おそらく多分に主観が入ってくるでしょう。というか、入らざるを得ない。その作品を解釈するのも、実際に演じてみせるのも「自分」ですから。言うなれば、自分が理解できるように言語化し、それでもって自分自身に語りかけるわけですね。 解説者は、目の前で起こっているパフォーマンスという現象を観客という他者に向けて語るわけですが、出発点は「自分がどう感じたか」なので、やはり主観です。ですが、伝える相手がいる以上、常に自分の主観が正しいかどうかを客観視する視点が不可欠になります。 研究者としては――これはTPOや題材によっても変わってきますね。近年私は比較文学的なアプローチを取ることが多くなっているのですが、そのような領域で作品分析をする時は、客観的に論じることに気を配りつつ、少なからず主観や、自身の思想のようなものも入ってくる。でも、それらは単なる主観ではありません。背景に、私がこれまで学んできた学術的知見があり、研究に裏付けられた客観性がある。そうでなければ、批評は批評たり得ませんからね。これは解説の仕事などにも通底するものがあり、いわば、主観を入れるからには、入れる根拠を示すための準備をすべし、ということでしょうか。 ――今年(2023年)芥川賞を受賞した市川沙央さんの『 ハンチバック 』が、側弯症を患う重度障害者を主人公にした作品だったことに象徴されていますが、文学の世界では今、身体表現に注目が集まっている現状があります。そして、文学・小説一般における身体というのは、常に「何かに照らされた」結果として生じてくる、という側面があるのではないかと思うんです。例えば、「障害」や、あるいはスポーツ小説における「競技」などを通して、それ固有の身体が言語化されている、というイメージです。逆に言うと、そうした“何か”がなければ、身体の言語化は容易ではない、とも言えなくはない。 「言語がすべての表現のベースになっている」という思想を持つ町田さんにとって、言語化が難しい身体、あるいは、言語からこぼれ落ちてしまうような身体性を実感されることはありますか。( #3 につづく) 「スポーツ解説には空虚な言葉が蔓延しているので…」元フィギュアスケーター町田樹(34)が明かした“スポーツ界への危機感”と“新たな挑戦” へ続く
辻本 力/文學界 2024年3月号
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