祝!ベイスターズ日本一。「もののけ」をスタジアムに呼び込んだささやかな執念
下馬評をくつがえす、それぞれの執念
CSが行われている最中から日本シリーズの抽選に応募をし、それでも取れたチケットは6戦目だけだった。今年の日本シリーズは、横浜で2試合、福岡で3試合、そうしてまた横浜で2試合という予定になっていた。つまり私が手に入れたのは、どちらも2勝、あるいは引き分けを含め1勝以上していないと行われない試合のチケットということになる。 今年のホークスはシーズンで貯金を42も作ったうえでの首位、CSのファイナルステージも相手の北海道日本ハムファイターズを全く寄せ付けずにストレートで勝利していた。ベイスターズは貯金2の3位、どの専門家による予想も、せいぜい1勝できればよくやった、というようなものだった。 ただ、これだけはもう決まっている。今年日本で一番試合をしたNPBのチームはベイスターズだった。ホークスはポストシーズンでは3試合のみ。ベイスターズは8試合も行ってきた。 ホークスのベンチ入りメンバーにはリーグ優勝の主力、山川穂高選手や近藤健介選手などのほか、中継ぎでシーズンを支えた藤井皓哉投手や松本裕樹投手を故障で欠く中、ブルペンには前田投手、岩井俊介投手など、ファームをリーグ首位に導いた期待の新人を入れてきた。 2017年の日本シリーズに悔いを残してきた、当時から所属している選手たちの執念はプレーのひとつひとつににじみ出ていた。ある選手は主力から外れてベンチで声を出し、ある選手はアメリカにしがみつきもがいて夢破れ、ある選手はコーチになり、球団職員になり、あるいはFAや引退をして外から試合を見る立場になってもいた。 そもそも「多少流れが良くなくても気軽に替えがきかないことがいい方に転んだ」なんていうのは、後になっていくらでも言える結果論だ。 短期決戦は捕手が試合を決める印象がある。2021年の日本シリーズ、東京ヤクルトスワローズは最後まで中村悠平選手がマスクをかぶった。私はあれが、当時の対戦相手、オリックス・バファローズとの違いだと思った。シーズン中は併用したとしても、短期で同じチームと戦うときは一番調子のいい捕手を固定したほうが良い。今回、ベイスターズの捕手は山本選手に続いて伊藤選手も怪我で欠き、ファームから上がってきた松尾汐恩選手がサブとなったため、代えようにも容易な交代ができなかった。固定をした、というよりも固定せざるを得なかった、と言うほうが正しい。 連勝していたホークスは、2敗した試合のすぐ後に日本一経験の豊富な正捕手の甲斐拓也選手をスタメンから外した。CS阪神戦で梅野隆太郎選手が代わった時も、巨人戦で菅野投手と小林誠司選手がバッテリーごと代わった時も、素人の私は「こうやって流れを変える一手を、ベイスターズは打つことができない、キツイなあ」と思ってしまっていた。 選手たちが諦めていないのに、こちらが諦めるのは烏滸がましいと思えるくらい、彼らの活躍はすさまじかった。ただ、些細なものかもしれないけれど「このチームの、今シーズン最後の試合を現地で見届けたい」という思いも、ある意味ではちょっとした執念だったのかもしれない。関内駅を出るとユニフォームを着たたくさんの人たちが「チケット余っていませんか」というボードを掲げて立っていた。駅前の居酒屋の看板には「店内、観戦できます」という、手描きの素朴なバットとボールのイラスト入りの貼り紙。とりあえずここまで来てしまった、居ても立ってもいられなかった、という人たち。1998年の暴動っぽさはなかったけれど、そうした「最後の試合を現地で見たい」というひとりひとりの執念が、試合が始まるころにはスタジアムの周囲、横浜公園をすっかり埋め尽くしていた。 その無数のささやかな執念も「もののけ」をスタジアムに呼びこむ一端になったんじゃないか、だとしたら、なんだかこの世界も捨てたもんじゃないな、と思っている。 (「群像」2025年1月号より、再編集して転載いたしました)
高山 羽根子(作家)