【カメラマン密着ルポ】ボクサー比嘉大吾の生き様 決して逃げなかった12R
それぞれの人生をかけた闘い。武居28歳、比嘉29歳。ゴジラのテーマで花道に現れた比嘉は派手なガウンもまとわず、ただひとり歩き出す。この時点で僕はすでに半泣きだった。19時過ぎ、いざゴング。会場には意外に空席がある。ああ、こんな好カードなのにもったいないなと思いつつ、ファインダー越しのふたりの表情に集中する。 序盤、野獣のように挑みかかる比嘉を、冷静にやり過ごす武居。緊張感あふれるパンチの応酬に観客も徐々に湧き上がる。ラウンドが進むと、インターバルの合間に八重樫トレーナーと武居が、不安げな表情でリングサイドに陣取る大橋会長とアイコンタクトを取るようになる。八重樫トレーナーは試合後の記者会見で「厳しい試合。やはり野木トレーナー、恐るべしだった」と振り返った。 見る者すべてを引き込む、一進一退の死闘。そして迎えた11R、パンチの応酬の流れの中で武居がマットに手をつき、レフェリーがダウンカウントを取る。このまま新王者誕生か! だが、その後、比嘉はペースダウン。そして、最終12Rは武居が巻き返してゴング。武居が3-0で判定勝利を収めた。 判定を聞いて泣き顔の武居と、清々しいまでの笑顔の比嘉の対比。ジャッジは114-113がふたり、115-112がひとりという僅差。最終ラウンドにもう一回ダウンを奪えていれば、比嘉がチャンピオンになっていたかもしれない。 試合後、会見場に行くと、どこかの記者が「比嘉、最後逃げたな」と言っているのを聞いた。猛烈に腹が立った。 最終12R、比嘉はツラい坂道ダッシュを一緒にやったこともある武居に、最後まで目を見開いて対峙していた。決して逃げていなかった。ファインダー越しの姿は、再び世界戦の大舞台でボクシングが出来る幸せを、じっくりと噛み締めているようにも見えた。ボクシングが好きすぎて、酸いも甘いもすべて味わった男が、自分に送ったご褒美があの12Rだったのではないか。 比嘉は会見で「思い残すことはありません。本当に楽しいボクシング人生でした」と引退を表明したが、ボクシングを出来る幸せを噛み締めたからこそ、「またやる!」と言い出すのではないか。そんな期待をせずにはいられなかった。引退しようとしまいと、比嘉大吾のこれからがめちゃくちゃ楽しみになった。 取材・文・撮影/ヤナガワゴーッ!