【カメラマン密着ルポ】ボクサー比嘉大吾の生き様 決して逃げなかった12R
9月4日、有明アリーナ。ボクシング世界スーパーバンタム級4団体統一王者の井上尚弥(大橋)が二度目の4団体王座防衛に成功した。その陰に隠れがちだが、その直前に行なわれたセミファイナルのWBO世界バンタム級タイトルマッチで、王者・武居由樹(大橋)と同級1位・比嘉大吾(志成)は見る者の心を揺さぶる、一進一退の死闘を繰り広げた。長年ボクシングを撮り続けてきた写真家のヤナガワゴーッ!氏が、ファインダー越しに見た一戦を振り返る。 【写真】ふたりが繰り広げた死闘 * * * この日の対戦カードが発表された時から、僕の興味はセミファイナルの一戦に絞られていた。元K-1王者の武居はボクシングに転向後8戦全勝。そして迎えた今年5月、ジムの先輩である井上尚弥が返上したベルトを保持していたジェイソン・モロニーに12R判定勝利。WBOのベルトを再び大橋ジムに取り戻した。 キックボクシングの選手だったことを忘れさせる多彩なパンチ、その威力、そして何よりの魅力である「当て勘」は一級品(ちなみに、週一で理髪店に通う几帳面さも持ち合わせている)。 しかし、はっきり言ってしまうが、今回のお目当ては挑戦者の比嘉大吾だった。それはなぜか? 前日計量で「計量パスしただけでホメられる。"前科者"はホメられる」とうそぶいた比嘉のボクシング人生はまさに波瀾万丈だからだ。 同じ沖縄県出身の具志堅用高にあこがれ、19歳でプロデビュー。12戦連続KO無敗で迎えた世界初挑戦(WBC世界フライ級タイトルマッチ)は、メキシコ人王者が前日計量で200gの体重超過、試合を前にして王座はく奪となる中、比嘉は6RTKO勝利を収め、晴れて新チャンピオンとなった。 その後2試合連続でTKO防衛を果たすとともに、15戦連続KO勝ちの日本タイ記録を樹立。ここで陣営が新記録達成に向けて焦ったわけではないと思うが、わずか2ヵ月後に故郷・沖縄で行なわれた3度目の防衛戦では前日計量で痛恨の900gオーバー。泣きの2時間でも落とすことができずに王座はく奪。なんとか行なった試合も9RTKO負けを喫した。 そして、比嘉にはさらなる追い打ちが。日本人初となる世界戦での計量失敗という失態を受け、ボクサーライセンスの無期限停止処分が下されたのだ。2018年、22歳の時だった。処分は約1年半後に解除されたものの、その後の道のりも順調ではなく、ようやく迎えたこの日の世界戦。常に相手と正対し、とにかくキレのいいパンチを繰り出し、KOの山を築き上げた男がプロボクサーとして絶体絶命の挫折を乗り越え、いったい何をどう折り合いをつけてリングに上がってくるのか。 勝手にこちらの気持ちが昂(たかぶ)る中、当の本人は試合前日、報道陣から7年ぶりとなるタイトルマッチへの思いを問われると、「7年ぶりに会ったら、親でさえ変わってますからね」「水を飲めるって幸せですね」と笑って言った。 今回の試合でもうひとつ特筆すべきは、比嘉とコンビを組んで10年余りの名伯楽・野木丈司トレーナーの存在だ。普段から大橋ジムの合宿も手伝っていて、武居チャンピオンも、そのトレーナーの八重樫東も、野木トレーナーの教え子である。それでも試合を組んだ大橋秀行会長の懐の深さ、いい試合を提供したいという気概に感服する。