怪文書や失踪事件など“のこされたもの”はなぜ怖い? ファウンド・フッテージが注目される理由【吉田悠軌×梨】
近代小説はファウンド・フッテージの宝庫だった?
吉田 昔の小説を見てみると、結構ファウンド・フッテージものがあったりするんですね。葉山嘉樹『セメント樽の中の手紙』とか、それこそ夏目漱石の『こころ』だって、後半はある種のファウンド・フッテージものですし。 あとは私が現代怪談の源流の一つだと思っているヘンリー・ジェイムズ『ねじの回転』も。形式としては、作者ヘンリー・ジェイムズの友人が、どこかから家庭教師の女の人の手記を発見したので、それを公開しますという形になっている。意外とフェイクドキュメンタリーっぽいつくりなんですよね。 梨 日本だと、書簡体形式とか。よく言われる夢野久作『ドグラ・マグラ』も、完全なファウンド・フッテージではないですけど、ちゃんとした地の文の視点になるのが、確か下巻の終わりぐらいまでかかった気がします。それまではもう精神に異常をきたした患者の独白という体で続いている。一応これまでもあった手法ですが、それがホラーとして使われ始めたのはわりと最近なのかもしれない。 文芸評論家の誰かが、一人称を「私」にすると日本の小説だと非常に据わりがいいのはなんでなんだろう、みたいなことを言っていて。確かにそうだなと。「私」っていうものに対する内省みたいなものが、それこそプロレタリア文学以降ぐらいの日本文学において、一つ至上命題としてあった気がしていて。 吉田 もちろん私小説でも三人称であることも多いんですが、日本文学全体が、人称云々ではなく、「私」というものの、個人の内面を深掘りするという方向に行った。その揺り戻しが実話怪談であったり、梨さんの一連の作品であったりするのかなと思うんですよね。 近代ロマン主義的な、芸術家という作家個人が霊感により創造物を作るという考え方ではない。創作物の評価は作家の名誉になるという価値観を放棄している訳じゃないですか。実話怪談では体験者さんの方が偉いですから。作家としての想像力、創造ではなくイマジネーションの想像力がないですと言っているのと同じなので。 だから実話怪談のプレイヤーというのは、近代ロマン主義的な意味での「作家」ではない、と私は主張しています。梨さんの場合は、想像して作ってはいますが、ただ形式としては似たような枠組みになっている。だから、下手するとわりと多くの人が、梨さんは収集力はあるけれど想像力がない人間だと思っているかもしれない。 そういった梨作品と肌触りとして近いのは『セメント樽の中の手紙』じゃないかっていう気がするんですよね。あの作者も、別に自分のイマジネーションの想像力を褒めてもらいたいわけではないでしょうし。どこかの知らない誰か、声を持たざる民衆の隠れた声が偶然発見されたというところに着目してほしいと思っている。 あと、「信頼できない語り手」的なところも、短い中で盛り込まれていたりするんですよね。あの作品は正確には完全なファウンド・フッテージではなくて、地の文の外側がある。まず、建設現場の労働者の松戸与三が、セメント袋の中から木の箱を発見する。それがなかなか開かないのでイライラして壊したら、木の箱の中に、さらにぼろきれにくるまれた何かがあって、そのぼろきれをはがしたら手記がある。その手記にしても、それを書いた女工さんの体験談ではない。女工さんの婚約者がこういう酷い目に遭ったという、人伝てに聞いた話を書いている。 梨 作中作中作ぐらいの入れ子構造なんですね。 吉田 その入れ子構造、多層構造がそのまま「セメント樽の中の木箱の中のぼろきれの中の手記」という設定に象徴されている。だけど作者としては怪奇ミステリーを書きたかったわけではないと思うんですよね。葉山嘉樹はプロレタリア文学として、名もなき民衆の声なき声を書こうとした。そうしたら、すごい怖い話になっちゃったという。あれが梨さんの作品と肌触りとして近い。
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