子連れ避難、傷病者の看護、空襲中の出産…女性が見た沖縄戦伝える 県平和祈念資料館で企画展
太平洋戦争末期の沖縄戦では旧日本軍に動員された「ひめゆり学徒隊」をはじめ、母親や少女ら多くの女性が地上戦に巻き込まれた。平和祈念資料館(糸満市摩文仁)は、子連れ避難や傷病者の看護といった過酷な体験を取り上げた企画展を開いている。県民の4人に1人が亡くなったとされ、担当者は「住民に多大な犠牲を強いた沖縄戦の実相を伝えたい」と話す。 「ヤンバルの戦い ―国頭支隊顛末記」1巻・2巻 しんざとけんしん・作、石原昌家・監修
「赤ちゃんが泣き、頭をなでていたが、だんだん泣かなくなった」。壕(ごう)で子どもを亡くした女性の体験が紹介されている。すし詰め状態の収容所で「授乳中の母親がうつらうつらし、お乳で子の口や鼻をふさぎ窒息死させてしまった」という捕虜になった女性の目撃談もある。 ある女子学徒は「横穴を掘って兵隊さんの手術場にした。患者を叱咤(しった)激励するのが私たちだった」と証言した。 空襲中の出産や、日本兵の手術を手伝う女子学徒の絵も展示する。戦後に女性たちが自らの体験を描いた作品で、仲地華学芸員は「避難中や従軍中の人々の写真はほとんどないため、絵は貴重な資料だ」と解説する。 沖縄戦では、捕虜にされないよう住民が命を奪い合う「集団自決」(強制集団死)も発生した。わが子2人の命を絶ち、自らも喉を切って負傷した母親が米兵に保護される写真は、凄絶(せいぜつ)な状況を示している。 修学旅行で2024年11月に訪れた神奈川県の女子高校生(17)は「自分と同い年の女子学徒の証言を読み、すごく怖かっただろうと想像した。戦争はいけない」と真剣なまなざしだった。
企画展「女性が見た沖縄戦」は25年1月26日まで。入場無料。
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