日銀・植田総裁の方向性に「モヤモヤ感」があるのはなぜなのか?やるべきことはやっているはずなのに…
■ 短期的な金融市場の反応を最小化すれば済む話ではない 長短の金利は、傾向的に長い間低下を続けてきた。長短金利ともゼロ近傍のイールドカーブから、長期金利が2%+αのイールドカーブへの変化は、現在の金融市場にとって新たな経験となる。金融市場の最前線にいる人々の多くは、金利ある世界の実感に乏しいだろう。以前の金利ある世界から、ほぼ一世代が過ぎた下で、ようやく金利が上昇する世界に入っていこうとしているのである。 そうした中で、日本銀行による情報収集とその分析が一層重要になっている。日本銀行の金融政策運営に関連する各部局は、これまでも、日々、情報を収集し、金融政策決定会合に向け、内外の金融市場の動向、ミクロの企業・金融機関のヒアリング結果、マクロ経済の分析結果など、様々な情報を政策委員会に報告してきた。それを個々の委員が消化し、金融政策決定会合で最終判断が形成される。現時点ではきっと、あり得べき金融市場の短期的反応も重大な関心事だろう。 金融政策決定会合の判断は、「国民経済の健全な発展に資する」という理念の下でなされる。それは、長い目でみてのことだ。決定に対する短期的な金融市場の反応が最小化できれば良いという話ではない。 それでも、事前に得られた様々な情報から、金融市場の反応を予想しながら、しかし、過剰反応はコミュニケーションによってできるだけ避けるという努力もきっと惜しまないだろう。「何を決めるか」だけではなく、その「決定に至るプロセス」も重要になる。だからこそ、長期国債の買い入れ減額について今回、市場関係者の見方を改めて聞くことにしたのだと思われる。 金融市場が、まさに「異次元から現世」へと戻っていく今、日本銀行にとっても金融市場にとっても試行錯誤が続くが、それだけに、何を材料にどういうビジョンを持つに至ったか、双方とももう少し率直に語るべきではないだろうか。「慎重であること」と「判断をしないこと」は明らかに別のものであり、判断していても、それを全く知らせないのであれば、相手にとっては判断をしていないようにみえる。 先行きのことは分からない。しかし、そればかりを言っていたのでは、形成できるかもしれないコンセンサスも形成できない。お互いに相手の手の内を探るばかりでなく、材料を明確にし、主観的にどの程度の確からしさを想定しているのかも明らかにした上で、将来に向けてのイメージをより具体的にコミュニケートすべきタイミングに来ているのではないだろうか。 神津 多可思(こうづ・たかし)公益社団法人日本証券アナリスト協会専務理事。1980年東京大学経済学部卒、同年日本銀行入行。金融調節課長、国会渉外課長、経済調査課長、政策委員会室審議役、金融機構局審議役等を経て、2010年リコー経済社会研究所主席研究員。リコー経済社会研究所所長を経て、21年より現職。主な著書に『「デフレ論」の誤謬 なぜマイルドなデフレから脱却できなかったのか』『日本経済 成長志向の誤謬』(いずれも日本経済新聞出版)がある。埼玉大学博士(経済学)。 【最近の筆者の記事】 ◎円安加速は日銀のせいなのか? 為替レートが決まる3要因と日銀が対抗できる手段を考える ◎「普通の経済」「普通の金融政策」とは何か 日本銀行・植田総裁が「正常化」とは言わない背景を考える ◎「マイナス金利」終了でどうなる日本の金融政策 「日銀任せ」ではなく、市場の主体的な判断が問われる ◎トランプ氏がFRBパウエル議長を「再任しない」と発言、そもそも中央銀行の独立性は何のためにあるのか? ◎能登半島地震が再度突きつけた重い課題、政府は非常時の資金調達力を保てるか 続きを読む
神津 多可思