日銀・植田総裁の方向性に「モヤモヤ感」があるのはなぜなのか?やるべきことはやっているはずなのに…
■ 金融市場に残る「モヤモヤ感」 これは確かに難しい問題だ。インフレ期待が2%に確実にアンカーされるのがいつなのか、そもそもそうなるのか、といったことにも依存する。 普通に戻るのに5年も6年もかかると言われても、金融市場の側ではあまりピンとこないだろう。それでは、植田総裁の現任期中には、真の意味で普通には戻れないことになる。他方、今回の金融政策決定会合後の記者会見で植田総裁は、「長期的に望ましい状態にまで1、2年で到達できるというふうには思っていない」と述べている。すると中間をとって3~4年というイメージなのか。 いずれにしても、「どの程度の長期金利の水準に」「どれくらいの時間をかけて到達しようとしているのか」がはっきりしないところに金融市場のモヤモヤ感があるのだろう。 さらに、そのイメージと日本銀行の長期国債買い入れ減額のピッチが整合的であることが納得できなければ、短期的に長期金利が大きくジャンプし、経済が混乱する可能性もある。 そうしたことは不確実性が高いので、漸進的にやっていく他ないというのが日本銀行の立場であろうし、金融市場側でもベストのやり方はこれだというコンセンサスがあるわけでもない。 だからこそ、日本銀行がこれまでも定期的にやってきた債券市場参加者の会合を、次回の金融政策決定会合前に改めて開催し、日本銀行と金融市場の間で、少しでも将来のビジョンを共有しようとしているのだろう。金利ある普通の金融市場へと戻っていくこと、言ってみれば、「異次元から現世」へと帰るのは、中央銀行にとっても、金融市場にとっても、誠に難儀なことだ。 もう一つ、これから現世の金融政策に戻っていく上で問題になるのは、為替レートの動きだ。
■ 円安に対してはっきりとした態度を示さない日本銀行 金融政策は、為替レートのために直接的に動くことはないというのが原則だ。しかし、為替レートの変動はマクロ経済に確実に影響を与える。したがって、日本銀行の通貨および金融の調節に当たっての理念である「国民経済の健全な発展に資すること」(日本銀行法第2条)からすれば、為替レートの動きは完全に無視できるものではない。 日々の為替レートの変動を理由に日本銀行の金融政策が直接動くことはない。しかし、将来を展望し、マクロ経済に与える影響によっては動き得るはずだ。 今問題となっているのは、現在の円安が、そのプラスとマイナスを差し引いて、これからの日本経済に全体としてどういう影響を与えるか。どうも従来とは違ってきている可能性があるからだ。 これまで円安については、輸出企業の業績に良い影響を与え、それを起点に経済全体が活性化し、賃金が上昇して恩恵は家計にも及ぶ――。そんなイメージが広く共有されていたのではないか。 しかし、生産設備の海外への移転が進み、輸出企業への円安の恩恵は、主として、海外事業の業績を連結する際の評価益を通じてのものとなった。世界の人口はまだ増えており、海外のビジネスは拡大しているのに対し、国内の人口は減少し、市場規模の拡大も難しい。したがって、海外のビジネスからの利益を国内に還元させ設備投資を行うといった誘因は弱まっている。 また、生産設備が海外に移転した結果、食料品、耐久消費財などの輸入依存度が高まっている。そのため、貿易収支の黒字基調も消滅してしまった。円安は、以前からのエネルギー価格に加え、日常の消費財の価格に幅広くインフレ圧力をもたらす。当然、個人消費にマイナスだ。 このように円安の評価において、企業と家計への影響のバランスが変わってきている可能性がある。それもあって、海外要因によるものとは言え、目標の2%を上回るインフレをもう2年も経験しているのに、追加的インフレ圧力を生む円安に対してはっきりとした態度を示さない日本銀行に、世論の風当たりも強くなっているのだろう。