『NO 選挙, NO LIFE』前田亜紀監督 選挙という豊かな人間ドラマをユニークな二重構造で描くドキュメンタリー【Director’s Interview Vol.371】
候補者全員取材できないと記録は封印
Q:畠山さんは日本で行われる全ての選挙を取材されているのですか? 前田:選挙は全国で同時多発的にあるので、さすがに全ては無理ですね。でも彼が「面白そうだ」と思った選挙には場所を問わず取材に行く。映画の冒頭にありますが、「すごい髭の人が選挙に出ている」と聞いただけで北海道の小さな自治体へ取材に向かうくらい。その情報だけでわざわざ現地に行くんだって驚きました(笑)。 Q:畠山さんは何らかの媒体に発表する予定もなく、選挙戦を取材しているんですか? 前田:あてもなくやっていることも、かなり多いと思います。 Q:では全部記録は取っているけれども、そのほとんどは世に出ないんですね。 前田:畠山さんは選挙の候補者全員に取材できないと発表しないんですが、時には取材できない候補者も出てくるわけです。実際2022年の参院選の大阪選挙区では10数人の候補者のうち3人だけ取材できなかった。するとその取材の内容は全く出さない。なかなかすごい人です。 Q:それは選挙の公平性を守るためなのでしょうか。 前田:公平性、フェアネスを大事にしているからこそ、あえてそういう風にしているのだと思います。ほとんどの大手メディアが「主要候補のみ紹介」という畠山さんとは真逆のことをやっている。それに対するアンチテーゼではないしょうか。 Q:畠山さんの取材結果が投票日前に世間に出れば、有権者にはとても有意義ですよね。 前田:結局は選挙期間の問題です。参院選は17日間と長いのですが、地方自治体だと告示から投票まで5日ほどしかない場合もある。だから取材して原稿を書いて紙媒体に発表することが一人だと賄いきれない。そもそも無理筋なことに挑戦しているんです。
特殊な二重構造となった理由
Q:映画は2022年の参議院選挙と、その後の沖縄県知事選の2部構成になっています。参議院選挙の方が「前フリ」で、沖縄県知事選の方が前田さんの思い入れがより強いように感じました。 前田:前半の参院選のシークエンスは「ハウツー選挙」、映画の概要みたいな意味合いがあると思います。色々な候補者がいて、東京に限らずあらゆる地域の選挙でこういう人たちがいるのが日本の選挙なんだと。沖縄県知事選に関しては沖縄の特殊な状況があるので、他の地域とは違う沖縄独自の要素を描く意味合いもありました。 あと大きかったのは、畠山さんが突然「選挙取材をやめる」と言い始めたことです。「次の沖縄の選挙取材が最後だ」と言うものですから、じゃあ私も最後まで見届けなければいけないなと。 Q:この作品のユニークな点は取材の構造にあると思います。畠山さんは候補者の取材をしていて、その畠山さんを前田さんがさらに外側から取材するという入れ子構造になっている。 前田:自分でもすごく不思議な映画だと思います。私は畠山さん自身を取材しているわけではないんです。畠山さんのワンショットインタビューは一回だけ撮りましたが、それ以外で畠山さんに「あなたとは?」という問いかけはせず、彼の肩越しに見える世界を2人でひたすら語り合う。畠山さんの肩越しに見える世界を撮っていて、たまに畠山さんの考えも入ってきたりするので、常に撮るものが揺れている感じですね。 Q:選挙を執拗に取材する畠山さんの情熱の源泉を掘り起こすアプローチもあり得たと思いますが、そうはしなかった。どんな狙いで取材をされていたのでしょうか。 前田:普段見えない選挙の世界がこんなに面白いなら、これを世の中の人が見たらみんなが興味をもって投票に行くんじゃないかと。それが私のモチベーションでした。だから畠山さんの肩越しにカメラを置いて、彼をフィルターとして選挙戦を撮ることを最後まで貫いています。 でもやっぱりドキュメンタリーは物語です。だから畠山さんが選挙の取材を辞めようと思ったり、そこから選挙にどう向きあっていくのか、という物語があるからこそ映画としてまとまった部分もあります。物語の軸に畠山さんがいるからこそ展開できるけど、見つめたいのはあくまで選挙そのもの。本当はどちらかに寄せた方が分かりやすいけど、その微妙なバランスを壊したくなかったんです。
【関連記事】
- 『国葬の日』大島新監督 日本人の「無関心」をホラー映画のように描き出す異色ドキュメンタリー【Director’s Interview Vol.352】
- 『シン・ちむどんどん』、むちゃくちゃ面白いぞ【えのきどいちろうの映画あかさたな Vol.34】
- 『香川1区』大島新監督 前作を凌ぐ娯楽大作で描いた日本の民主主義の実像【Director’s Interview Vol.171】
- 『なぜ君は総理大臣になれないのか』大島新監督 エンタメとして高いレベルに達した、稀有な政治家ドキュメンタリー【Director’s Interview Vol.63】
- 『ぼけますから、よろしくお願いします。~おかえり お母さん~』信友直子監督 偶然発見した映像によって結晶した21年間の記録【Director’s Interview Vol.196】