津軽の文明交差点、昭和の風情まとう油川温泉
かつては油川が文明交差点だった
長々と風呂に入っていたおかげで予定の列車に乗り遅れ、ずいぶんと時間ができてしまった。近くにあった居酒屋に行くと、今日は予約でいっぱいだという。他に店は見当たらない。バスで青森に戻れないか調べると、すぐ近くの油川仲町というバス停にもうすぐ青森駅行きのバスが来るようだった。 バス停はT字の交差点にあり、大きくて風格のある木造建築物の前だった。それは古い商家のようにも見えたが、真っ暗でわからない。 バス停の横に石碑が建っており、説明板があった。スマホの明かりで照らして読んでみると、「油川は中世から羽州街道と松前街道の分岐点として栄えた。その二つの街道の分岐点がこの交差点である。だが明治4年に新城から青森への直通道路ができて寂れた」というようなことが書いてある。新城とは油川の南西約3.3キロ、奥羽線でいうと新青森のひとつ手前の駅である。 油川は青森から津軽線というローカル線で「北のはずれ」の竜飛岬方面へ1駅離れた場所、という認識だった。だが地図を見ると、たしかに弘前方面から最短距離で陸奥湾を目指すと油川で海に出る。 羽州街道とは福島から山形・秋田・弘前を経由して陸奥湾に至る長大な街道であり、古来、奥州街道と並ぶ東北の大動脈だった。また松前街道とは、そこから三厩に至る松前藩の参勤交代の道である。松前藩は三厩から海を渡った北海道・渡島(おしま)半島に居城があり、そこを拠点に蝦夷地を支配した。 つまり明治以後に青森に抜ける新しい道路ができるまでは、この油川が、本州と蝦夷地との文明交差点だったともいえる。 さらにあとで調べると、油川仲町バス停にあった大きな木造建築は、なんと「田酒(でんしゅ)」の蔵元、西田酒造店だった。田酒は酒好きなら知らない人はいない、東北で最も有名な酒の一つである。 私は油川を青森の街はずれとばかり思っていたが、そうではなかった。むしろハートオブ青森ともいうべき場所なのかもしれない。 古い銭湯はえてしてそんな場所にある。 【油川温泉】 青森市油川大浜102 電話 0177-88-3008 営業時間 13:00~21:00 定休日:月曜 津軽線「油川」から徒歩6分 (文・写真 松本康治/ 朝日新聞デジタル「&Travel」)
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