津軽の文明交差点、昭和の風情まとう油川温泉
北の果ての海
油川温泉の右横の道の100メートルほど先に低い堤防のようなものが見えている。すぐそこが海岸のようだ。気になって風呂の前に行ってみた。 そこは津軽海峡からリンゴ型に入り込む陸奥湾の一角で、昼間の雷雨がウソのように静まりかえっていた。雨上がりで上空はまだ雲に覆われていたが、その下は空気が洗い清められて視界がクリアに広がっている。 海辺には漁船を格納する舟屋のような建物が並んでいて風情があったが、それ以上に周囲の山々、八甲田山から下北半島、津軽半島がぐるりと陸奥湾を取り囲んでいるのがきれいに見渡せて、目を奪われた。 二つの半島が向き合うところで海がパックリと口を開け、津軽海峡へつながっているさまが絵に描いたようだ。私はその先にある北海道を思わずにいられなかった。 そうか、もう北海道の手前なのか――。 じつを言うと私は今回、JRの「青春18きっぷ」で旅をしていた。神戸を出発して長野・新潟・鶴岡・秋田をゆっくりと経由し、6日目にしてようやく青森にたどり着いたのだった。 私は特に鉄道マニアではないが、チープな旅好きとして青春18きっぷには長年さんざんお世話になってきた。ただでさえ減っているJRの地方ローカル線は、近年の異常気象による災害であちこち寸断され、そのまま廃線の危機状態に陥っているところも少なくない。 新幹線開業による在来線の第三セクター化も重なって、JRの普通列車が走る線路はどんどん短くなっている。この調子だと、もしかすると青春18きっぷも遠からずなくなるのではないか……。そんな漠然とした不安にかられ、よし、この夏は徹底的に18きっぷで旅しようと決めたのだった。 正直、還暦を過ぎての18きっぷ旅は腰がつらい。それでも神戸からひたすら鈍行列車を乗り継いで、ついに本州の果てが見える海辺に立っていることに、私はなにやらしみじみとした感慨を覚えた。むかし北海道がまだ蝦夷地(えぞち)だった頃、ここまで来た和人たちは何を思ったのだろう。