日本人初、メジャーリーグに出場したマッシー村上…「契約書サイン」で浴びた米国の洗礼
試合開始15分前まで、契約書にサインしなかった
蛇足だが、当時、ホークス一の高給取りはキャッチャーの野村克也。それでも読売ジャイアンツの長嶋茂雄よりは下回っていた。同学年ながら、大学生の長嶋より4年早くプロ入りし、実績でも遅れをとらない野村がよく黙っているな、と思っていたら、ボソッと笑ってこう言ったという。 「額面は長嶋の方が上だけど、税込みだろう。オレのは手取りだから、実質的にはオレの方が多いんだ」 話を村上に戻そう。3月は無給。日本から持っていった400ドルはすぐに底を突いた。 「それでね、困り果ててバンク・オブ・トーキョーに行ったの。そしたら2万円を1ドル400円で両替えしてくれた。これで50ドルになった。何とか助かったけど、アメリカに行く前に、しっかり契約のことを調べておけばよかったかな。もっとも日本の契約書もわからないのに、英語の契約書といわれても……とも思うけどね」 リリーフながら1Aで11勝7敗、防御率1.78と好成績を残した村上は、8月31日、選手枠の拡大(25人から40人に)にともない、トップチームから声がかかる。夢にまで見たメジャーリーガーだ。しかし、“契約イップス”になっていた村上は、すぐに契約書にサインを走らせることができなかったという。 「日本だと契約は1回だけ。1軍も2軍もない。ところが、米国では、メジャー契約は別になっている。そんなこと、知るわけがない。こっちに来る前、親からは“変なものにサインしちゃダメだよ”と言われていた。だから最初は“ノー”と言って断ったんだ。事情がわかって契約書にサインしたのは、試合が始まる15分前。メジャー契約を拒否した日本人は、後にも先にもオレだけじゃないかな(笑)」 2024年シーズン、メジャーリーグでプレーした日本人は、史上初の「50-50」(50本塁打、50盗塁)を達成したロサンゼルス・ドジャースの大谷翔平以下11人。日米の距離が近くなった今だからこそ、先人の労苦に想いを馳せたい。
二宮 清純