「2人の最高傑作!」スターダム羽南&飯田沙耶 出逢いからタッグリーグ制覇への軌跡
【WEEKEND女子プロレス#42】
2011年の旗揚げイヤーからおこなわれているスターダム恒例の「ゴッデス・オブ・スターダムタッグリーグ戦」。14回目となった今年は、史上最大の18チームがエントリー。既存や新規などさまざまなタッグチームによって争われたシリーズで、総当たりリーグ戦から決勝トーナメント全11試合を勝ち抜き頂点に立ったのは、羽南&飯田沙耶のwing☆gori(ウインゴリ)だった。 <動画>【スターダム】12・8『第14回ゴッデス・オブ・スターダム ~タッグリーグ優勝決定戦~ in HAMAMATSU』バックステージコメント ウインゴリは20年にタッグリーグ初参戦。2人は通算5度目、このチームでは3度目の参加で初めての栄冠を手にしてみせた。両者はスターダム本戦とともに、若手ブランド「NEW BLOOD」でも活動。ウインゴリの優勝は、若手世代の台頭と底上げを意味した結果でもあったのだ。 羽南と飯田は、一見してタイプの異なるレスラーではある。が、いまではこのチームに運命と必然を感じている。では、この2人はどのようにして出逢い、コンビを組むようになったのか。 飯田がスターダム入門を決めたとき、7歳年下の羽南はすでにプロレスラーだった。羽南は中学入学とともにデビューした異色の選手。飯田がその姿を初めて見たのが17年11・19後楽園ホールでの第1試合、ルアカ(現・琉悪夏)vs羽南だったという。 「自分より若い選手が闘っているのを見て感銘し、涙したんですよ。私のこれまでを振り返って、しょうもない人生だなと思って、生きなきゃいけないと思いました(苦笑)。最初に葉月さんたちを見てスターダムを知り、強い女性へのあこがれが芽生えました。そして羽南さんの試合が入門のきっかけ、レスラーになる決意を固めてくれたんです」 飯田は当時21歳。中1のレスラーが特別すぎるのだが、とにかく飯田はリング上の羽南から大きな刺激をもらったのである。 羽南が飯田の姿を初めて見たのが、練習中の道場だった。飯田が挨拶に来た日のことをいまでもはっきりおぼえている。 「飯田ちゃんが練習を見にきたんですよね。でもそのときは、社員になる予定の人なのかなと思いました。スーツ着て、髪型はおかっぱみたいなボブで、就職するみたいなイメージでした(笑)」 それに対して飯田は、「その日はメチャクチャ緊張してました。練習に参加するかもしれないから練習着を一応持っていったんですけど、とりあえず挨拶のみで。そのときの記憶といったら、みんなが練習しているなかで花月さんがバーンと立ってるイメージ。花月さんのボス感が圧倒的で、一人ひとりの顔はおぼえてないですね(苦笑)」 そして飯田が、スターダムの一員になった。羽南には年上の後輩、飯田には年下の先輩ができたのである。 「なんか不思議な感じがしました。ちゃんと話すようになったのは、飯田ちゃんがSTARSに入ってからです」 飯田のSTARS入りは19年4月。両者に記憶はないようだが、2人は飯田デビュー3戦目の19年1・27大阪で、6人タッグながら初めて同じコーナーに立っている。2人での初タッグは4・29後楽園でのタッグ3WAY戦。羽南、吏南、妃南の三姉妹がそれぞれのパートナーを得て対戦した試合だ。この年、飯田はタッグリーグ戦に上谷沙弥とのサヤサヤコンビで初参戦。このとき、羽南は欠場中だった。 20年9・5新木場、羽南が1年3ヵ月ぶりに戻ってきたときのパートナーが飯田だった。10月にはシングルで闘い、飯田が勝利。11月から2人でタッグリーグに参加し、このときついたチーム名が羽南の“羽(ウイング)”と飯田のニックネーム“ゴリラ”を掛け合わせたウインゴリだったのである。 この年末、飯田は舞華、上谷との3WAY戦を制し、若手シングル王座のフューチャー・オブ・スターダムを獲得した。ある意味、羽南を追い越したのだ。が、翌年4月から右ヒザの負傷で長期欠場。復帰戦は22年3・11品川での「NEW BLOOD1」。若手ブランドのスタートで、飯田は羽南をパートナーに11カ月ぶりのリングに立ったのである。 振り返ってみれば、両者はブランク明けでタッグを組んでいる。ウインゴリで初めてエントリーしたのも、飯田と組む予定だったジャングル叫女の欠場から。偶然が重なっての出来事ながら、いまでは欠かせないタッグパートナーになっている。 転機になったのは、NEW BLOODでのタッグ王座奪取失敗だ。22年のタッグリーグでも初回と同じく1勝どまりだったウインゴリ。満を持して新設のベルトを取りにいったのだが、まさかの1回戦敗退に…。 「MIRAIさん、稲葉ともかさんと闘ったんですよね。あの試合はウチらにとってタッグとして初めてのメインなのに負けてしまい、超悔しくて、もっとがんばらないといけないと思いました」(羽南) 「全8チームのトーナメントで、ウチらが一番タッグ歴長いのに負けてしまって、かなりショックでした」(飯田) それでも腐らず、タッグでの腕を磨いていった。とくに飯田にとっては、NBでの活動は後退ととられかねないリスクがあった。というのも、フューチャー王座を争っていた舞華と上谷はワールドとワンダーの2大頂点王座を争うまでに駆け上がっていたからだ。実際、上谷は白いベルトの最多防衛記録を樹立し、舞華も赤いベルトの王者となった。 舞華らとは“スターダム黄金世代”としての括りもあるだけに、あせりがないと言ったらウソになる。それでも飯田は、NB世代の枠でも積極的に闘っていった。そして23年9・23品川でNBタッグ王座を獲得し、第2代王者に。今年7月に失うまで、同王座は4回の防衛に成功している。