by iStock

2022年に刊行され、このミス1位や直木賞候補、本屋大賞ノミネートなど、あらゆる文学賞に大きな爆風をもたらした呉勝浩さんの『爆弾』。 【画像】法廷を占拠したテロリストの動機とは そんな『爆弾』の続編となる、『法廷占拠　爆弾2』が2年の時を経てついに発売！ 今年も話題を掻っ攫うこと間違いなしの本作を、書評家はどう読み解くのか？ 今回は藤田香織さんによる書評を紹介します。 呉勝浩『法廷占拠　爆弾2』 未曾有の連続爆破事件から一年。 スズキタゴサクの裁判の最中、遺族席から拳銃を持った青年が立ち上がり法廷を制圧した。 「みなさんには、これからしばらくぼくのゲームに付き合ってもらいます」 生配信で全国民が見守るなか、警察は法廷に囚われた100人を救い出せるのか。 籠城犯vs.警察vs.スズキタゴサクの、三つ巴の騙し合いが始まる！

読者を試す劇場型犯罪小説

〈脅えろ、喚け。さあ、殺し合おうぜ〉。 スズキタゴサクが帰ってきた！ 酔っぱらって酒屋の自販機を蹴り、止めに来た店員を殴ったというケチな傷害犯として捕まったにもかかわらず、取り調べ中に秋葉原で何かが起きる気配を感じると言い出し、霊感によって閃いただけだと濁しながらも、次々と爆破事件を予告。住所不定、無職、本籍地不明。いがぐり頭にビール腹。名前も、四十九歳という年齢も自称に過ぎず、実にペラペラ調子よく話すのに、肝心なことは忘れた、憶えていないで押し通し、それでいて読者には強烈な印象を残した『爆弾』の主人公、スズキタゴサクである。 本作『法廷占拠　爆弾2』は、その一連の出来事から約一年後。最終的に死者九十八名、重軽傷者は軽く五百名を超える連続爆破事件の容疑者として逮捕されたスズキの第五回公判が開かれる、霞が関の東京地方裁判所104号法廷が舞台となっている。 東京地裁で一番大きな104号法廷の傍聴席は、報道関係者や遺族などの関係者用を含め全九十八。五回目であっても裁判の「人気」は衰えず、多くの人がスズキタゴサクに注目していた。しかし、本作で、そのスズキは一転「被害者」となり、生死も不明のまま法廷の床に長く横たわることになる──。 スズキへの弁護人質問が始まって間もなく、遺族席から「異議あり」の声があがり、男が立ち上がった。一年前の事件で所轄の警察官として捜査にあたった関係で証人として出廷していた野方署の倖田沙良は、男の手に握られた拳銃に目をとめる。一瞬の後の銃声。躊躇なく暴力をふるい、瞬く間にその場を制圧した男は、柴咲奏多と名乗り、スズキの爆弾によって父親を亡くした、と言った。 被害者遺族の会にも在籍している柴咲によって、占拠された法廷。仲間、と思われるのは他に男が一名。捕まることは前提としている、身元を隠す気はないと語る柴咲は、現場の指揮をとる警視庁刑事部捜査第一課、特殊犯捜査第一係係長の高東柊作を相手に交渉を始める。そのかけひきが、まずは大きな読みどころといえるだろう。柴咲が出した要求は、日本におよそ百人いる確定死刑囚の刑をただちに執行せよ、というものだった。「死刑の是非を論じる気はありません。なくしたければなくせばいい。だが、【ある以上】、それはルールに則って成されるべきだ。ゆえにぼくは要求します。ただちに死刑を執行せよ。ひとりの処刑につき、ひとりの人質を解放します。第一の期限は午後二時。この時点で義務の不履行が認められたとき、人質は死刑囚に代わって罪を償わなければなりません。不公正な社会の尻拭いとして」。 死刑が決定していながらも様々な事情で生き延びている罪人を、さっさと死刑台にあげろ。できなければ代わりに人質を殺していく。国や、社会が決められたルールを破り、公正に裁かれた結果として死刑が確定した者たちを生かしておくのは、間違っているだろ、という主張だ。 同時に、柴咲はこの要求の交渉相手となる高東とのやりとりを、配信サイトで公開する、と通達する。相対する高東は、これによって国の側であり法のルールを順守する立場である警察の代表として、国民監視のもとで人質を救出し柴咲らを逮捕する使命を課されてしまう。 スズキとはまったく違うタイプだが、柴咲もまた語りに語る。自分の罪を受け入れ、捕まり、裁かれる覚悟があるから身元を隠すつもりはない、と素性を明かし、自分にとってはクズでくそでしかなかったと死んだ父親の毒親ぶりと、理不尽極まりない社会のルールを説く。「あなたたちの幸せなど知ったことじゃない。平和など、どうでもいい」と話し、冒頭の言葉を吐き捨てる。 読み手としては、ページをめくりながら、柴咲がそう語るに至った過程を、過去を考えずにはいられなくなる。拳銃や警棒、さらにはスズキに倣って自作したという水筒型のTATP爆弾を、厳しいルールが設けられている法廷にどうやって持ち込んだのかと疑問を抱き、その答えにそうか、その手があったか、と膝を打つ。死刑執行と人質の交換も、度々視聴者数を指定し、その数に満たない場合はスズキを痛めつけると宣言してのネット中継も、劇場型犯罪小説として実に巧みだ。運悪く居合わせた人質が暴力をふるわれるよりは、爆弾魔のスズキのほうが視聴者の心証もマシだろう。それもスズキの犯した罪の罰になる、といえなくもないし──。と、思いかけてハッとする。マシってなんだ？　罰ってなんだ？　スズキの罪はまだ確定していないのに？　いや確定していたとしても、人質の一般人とスズキの命の重さに、違いはある、の、か？ 展開が気になり早く先を読みたいと気持ちがはやる一方で、待て、考えろ、よく考えろ。危ない、流されるな、疑え、立ち止まれ、と頭の片隅で警鐘が鳴り響く。テロリストの柴咲に対しても変わらぬ態度のスズキについニヤニヤしてしまうし、〈余計な一言を、悪気なく口にする〉特殊犯捜査係の奇人・類家の再登場にはワクワクもさせられる。法廷占拠の裏側に何かまだ別の事件が隠されている気配。二重三重に仕組まれた計画。そしてたどり着く結末の衝撃。面白い。エンターテインメント小説として、本当に面白い。なのに注意しろ！　と鐘の音が鳴り続ける。 援軍としてやってきた類家に、高東が柴咲とスズキの類似点はないか、と訊ねる場面がある。一年前の事件では周辺捜査にあたっていた高東と異なり、類家はスズキの取り調べの場にいた。いわば捜査陣営のなかでいちばんスズキタゴサクを知る男だ。その類家が答える。 「柴咲には、絶望が足りてない」。その意味を考えて考えて、叫びだしそうになった。 油断できない。スズキタゴサクは、きっとまた帰ってくる。 呉勝浩(ご・かつひろ) 1981年青森県生まれ。大阪芸術大学映像学科卒業。現在、大阪府大阪市在住。2015年、『道徳の時間』で、第61回江戸川乱歩賞を受賞し、デビュー。'18年『白い衝動』で第20回大藪春彦賞受賞、同年『ライオン・ブルー』で第31回山本周五郎賞候補、’19年『雛口依子の最低な落下とやけくそキャノンボール』で第72回日本推理作家協会賞(長編および連作短編集部門)候補、'20年『スワン』で第41回吉川英治文学新人賞受賞、同作は第73回日本推理作家協会賞(長編および連作短編集部門)も受賞し、第162回直木賞候補ともなった。'21年『おれたちの歌をうたえ』で第165回直木賞候補。’23年『爆弾』で『このミステリーがすごい！ 2023年版』国内編、『ミステリが読みたい！ 2023年版』国内篇で第1位に輝く。他の著書に『ロスト』『蜃気楼の犬』『マトリョーシカ・ブラッド』『素敵な圧迫』『Q』などがある。